第39話 切り裂く闇②

「ここがレベル7ダンジョンかよ。どんな豪華な所かと思っていたが、チンケな洞窟じゃねぇか」


 冒険者パーティ『切り裂く闇』のリーダー、クロヴィスは目の前にぽっかりと開いた洞穴を見てがっかりしたように言った。


「ここで間違いは無いようだよ。ダンジョン石もある。どれどれ……」


 パーティの中でひときわ小柄な魔法使いジェラルドが、赤いローブから手を伸ばし、白い台座の上に安置された水晶へと手を伸ばした。


「ここがレベル7ダンジョン『女王アリの先兵』で間違いないね。挑戦している冒険者パーティの数は0。僕たちで独占できるよ」

「良き哉」


 ジェラルドの言葉に、低く落ち着いた声が返ってくる。グラシアン。筋肉で盛り上がり、パツパツになった修道服を着た大男だ。その腰にはナックルダスターが吊られており、彼が神官の中でも数少ない戦士の素養を持つ者だということが分かる。


「それではどうしましょう? 今すぐ潜りますか?」


 縦にも横にも大きい白銀の全身鎧を纏った巨漢が、クロヴィスの方を向いてくぐもった声を上げた。セドリック。『切り裂く闇』のタンクを担うパーティの守りの要である男だ。


「まだ朝も早い時間だからな。ちょっと潜って準備体操といこうぜ」


 背中に吊った大きな漆黒の大剣の柄に手を当て、クロヴィスが強気な発言をする。もしここにアベルが居れば、十分に休憩と食事を取るように言われ、止められていたことだろう。


 しかし、今はクロヴィスの言葉に異を唱える邪魔者は居ない。そのことにクロヴィスは暗い笑みを見せる。彼にとって、今日がまさに己が真のリーダーになる記念すべき日だ。


「キヒッ! 準備体操たぁイカす表現だなぁ!」


 短剣使いのジョルジュが、甲高い奇声のような笑い声を上げた。黒いタイトな装備に身を包んだ線の細い男だ。彼はこのパーティの目であり、耳でもあるシーフ。その細い体は、無駄な筋肉をそぎ落とし、研ぎ澄ました結果だ。


「皆、聞いてくれ」


 クロヴィスの言葉に全員の視線が集まる。クロヴィスはそのことに確かな満足感を覚え、しかし、その顔は不快に歪んでいた。


「俺たちは、冒険者ギルドに不当に扱われている。レベル6ダンジョンを攻略した俺たち『切り裂く闇』に入りたい奴が居ないなんてのは絶対にありえねぇ。俺たちの冒険者レベルもそうだ。レベル6ダンジョンを攻略した俺たちにはレベル6が相応しい。だってのに、俺たちのレベルはどうだ? 一番高い俺でもレベル4だぞ? こんなのおかしいだろ!!!」


 不満が爆発したかのようにクロヴィスが絶叫する。その目には憎しみと表現するのも生ぬるい強い恨みの色があった。


 そんなクロヴィスの様子にあてられたのか、他のメンバーも不機嫌に顔を顰めている。


「それもこれも全部アベルの野郎のせいだ! 俺たちが苦労してレベル6ダンジョンを攻略した時どうだった? 冒険者ギルドはアベルだけ褒めて、俺たちはレベルアップなしだ。アベルの野郎が、俺たちの功績まで奪いやがったんだ。荷物持ちしかできねぇ役立たずの分際で!!!」


 クロヴィスは口から泡を飛ばし、尚もヒートアップしていく。


「冒険者ギルドはアベルばかり持ち上げて、俺たちを正当に評価しない。周りの冒険者もだ! 誰も彼もアベルばかり褒めやがって! あんな荷物持ちしかできねぇ奴の何が偉いんだ? 攻略の最前線で命張ってるのは俺たちだぜ? きっとアベルの奴が口から出まかせで自分の功績を大きくしているに違いねぇ! 今回のメンバー募集もそうだ! アベルの野郎が冒険者ギルドに手を回して妨害しやがったんだ!!!」


 クロヴィスのアベルへの憎悪は尽きない。彼は本気で冒険者ギルドや周りの冒険者が、アベルの手のひらで踊らされていると信じている。彼の仲間も同じ意見なのか、クロヴィスの自分勝手とも聞こえる言葉を聞いても反論はなかった。


 実際はアベルにそんな意思は無いし、冒険者ギルドや周りの冒険者は正当な評価をしているだけだ。しかし、クロヴィスたちには、自分たちがアベルに劣るという事実など受け入れがたいのだ。彼らは自分の見たい夢だけを見ているに過ぎない。


「だが、それも今回でおしまいだ」


 クロヴィスが歪な笑みを浮かべて言った。


「今回、俺たちはレベル7ダンジョンに挑戦する。攻略すりゃ、冒険者ギルドの無能どもと、バカな冒険者たちも気が付くだろう。俺たちの本当の実力に! アベルなんて必要無いという真実に!!! 奴らの曇った目を晴らしてやろうぜ。そして、アベルなんて害虫に侵された冒険者ギルドを立て直すんだ! 冒険者が正当に評価される未来を創るんだ!!!」


 クロヴィスの表情が蕩ける。視線は定まらず、だらしない笑みを浮かべていた。おそらく、自分が冒険者ギルドを救った英雄と称えられる未来を夢見ているのだろう。彼の中では、アベルは徹頭徹尾悪人であり、冒険者ギルドも、周りの冒険者たちも、アベルに踊らされるような哀れな存在に過ぎない。


 他のメンバーの顔もそれぞれ愉悦に歪んでいた。アベルの活躍ばかりが持て囃され、クロヴィスを含めた彼らは、栄光というものを感じたことが無い。彼らの自己承認欲求は、極限まで膨張していた。


 そこに、自分たちがヒーローに成れるチャンスが転がってきたのだ。彼らにはどんなご馳走より美味しそうに見えたことだろう。現実離れした夢が正常に見えるくらいには。


 彼らは現実よりも夢を見たいのだ。


 クロヴィスは夢見心地のまま宣言する。自分たちの栄光のために、美辞麗句で飾った夢を。


「やってやろうぜ! 俺たちが冒険者ギルドを! そして冒険者たちを救うんだ!!!」

「「「「おう!!!」」」」

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