第38話 卒業試験②
ガギンッ!!!
硬質な音が石畳の広間に響き合い、エレオノールが弾き飛ばされ後退する。最初のぶつかり合いを制したのは盾を手にしたホブゴブリンだった。お互いの体格や重量を比べれば妥当な結果だろう。
後ろに吹き飛ばされたエレオノール。しかし、後退するエレオノールと入れ替わるようにして低く前進する影があった。松明の明かりに照らされて輝く真っ赤なポニーテール。ジゼルだ。ジゼルがついにエレオノールの背中から前に飛び出た。
「ッ!?」
声も発する余裕さえなく驚くのは、両手槍を持ったホブゴブリンだ。その槍は、弾き飛ばされたエレオノールに向けて放たれている。体勢を崩したエレオノールの着地狩りを狙ったのだろう。
ジゼルは放たれた槍の外を低く前傾姿勢で疾走する。対するホブゴブリンは、その大きな槍でエレオノールに突きを放っている最中だ。
両手槍は長大な間合いと威力を持つが、重く小回りが利かない。一度走らせた槍は、もう止めることも引き返すこともできなかった。
チャキンッ!
ジゼルが剣の留め金を外した小さな音が、不思議なほどよく響いた。
一閃。
鋭い光が走った。一見して両手槍を持ったホブゴブリンに変化はない。しかし、その瞳にはもうなにも映してはいなかった。
「Gaugaッ!?」
「Ugaッ!?」
残った2体のホブゴブリンの驚いたような声が響く。おそらく、急に現れたジゼルの姿に驚いたのだろう。エレオノールの背から姿勢を低くして飛び出したジゼルを感知できなかったのだ。
ぐらりとホブゴブリンの体が、己の放った槍に引きずられるようにして前に倒れていく。
ドサッ!
槍を握ったホブゴブリンの体が石畳へと崩れ落ち、その衝撃で首が転がった。ジゼルは、ホブゴブリンの太い首を一撃で断ってみせたのだ。
エレオノールの援護があったとはいえ、ジゼルはレベル2ダンジョンを攻略させているのがもったいないと感じるほど成長したな。本人の努力もあるが、努力ならばエレオノールもクロエも負けないほどしている。だが、ジゼルの成長は頭一つ飛び抜けているな。これが【剣王】のギフトの力か。
「Gaッ!?」
残った2体のホブゴブリンの視線がジゼルへと集まったその刹那。盾のホブゴブリンが体をびくりと震わせると、急に力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
ドサリッと倒れて白い煙となったホブゴブリン。その向こうに見えるのは、ホブゴブリンの半分程しかない小柄な人影だ。
クロエ。彼女は、エレオノールたち戦闘に入ってから動き出した。そろりと目立たぬように音もたてず、しかし素早く、ホブゴブリンたちの背後へと回ったのだ。そして、ホブゴブリンたちの視線がジゼルに向いた刹那を逃さず、見事に刈り取った。
クロエの得物は大きな針のような短剣スティレット。元々は鎧通しとして開発された武器だ。その威力をいかんなく発揮し、鎧の上から盾のホブゴブリンの急所を貫いて、一撃で仕留めてみせた。見事だ。非の打ち所がない見事な奇襲攻撃だった。
「Guaッ!?」
一気に1対3の劣勢に追い込まれたホブゴブリン。しかし、ダンジョンのモンスターに逃げるという文字は無い。
大剣を持ったホブゴブリンが、突如として現れたクロエへとその進路を変更する。大きく分厚い鉄塊のような剣はすでに振りかぶられていた。
「はぁあ!」
裂帛の気合を込めてエレオノールが動く。石畳を蹴り前へ。大剣のホブゴブリンの進路を断つつもりだ。しかし、盾のホブゴブリンに弾き飛ばされて後退した分、エレオノールと大剣のホブゴブリンの間には埋められない距離があった。
「GaAaaaaaaaaaaaaaaaa!」
ホブゴブリンが、迫るエレオノールなど眼中にないとばかりにクロエに向かって必殺の大剣を振り下ろす。ゴウッと重苦しい風切り音が、離れたこちらまで届くほどだ。全身全霊を賭けた一撃。気迫がこちらにまで伝わってくる。
トトンッ!
軽やかな音を立てて、クロエの体が流れるように動き出す。左から迫るホブゴブリンに対して右へと低くサイドステップを踏んだ。
人は危機に陥った際に、体を硬直させてしてしまうクセがある。本能的に筋肉に力を入れて衝撃に耐えようとするのだ。
しかし、クロエは本能に抗い、体を軽やかに動かしてみせた。これぞ訓練の賜物だろう。クロエの努力が見事に実っている。
ブオンッ!
ホブゴブリンの大剣は、一瞬前までクロエの居た虚空を斬り裂いていく。両者の間に拳一つ分の空間もないほどのギリギリの回避。おそらく、クロエは意図してギリギリの回避を試みている。ホブゴブリンにその大剣を振らせ、隙を作らせる為だ。
ガギンッ!
ホブゴブリンの武骨な大剣が、火花を散らして石畳を叩く。その大剣がクロエを捉えることはついになかった。
しかし、ホブゴブリンに諦めの文字は無い。尚もクロエを追いかけるように一歩踏み出す。しかし……。
「せやぁあ!」
ホブゴブリンの進撃は一歩で途絶えた。エレオノールだ。銀の輝線が弧を描いて振り下ろされる。
石畳を叩いて僅かに跳ね上がった大剣を握るホブゴブリンの太い右腕。その肘から先がぺしゃりと石畳を転がり、白い煙となって消えていく。
失った右肘からドクドクと、まるで鼓動のように白い煙が漏らすホブゴブリン。その瞳はまだ死んではいない。むしろ、闘志にみなぎっていた。だが……。
「ちぇいっ!」
ホブゴブリンの喉に、いつの間にか剣が突き立っていた。その主は赤いポニーテールの少女だ。
「終わったか。早かったな」
前方で白煙が上がるのを見て、オレの静かに呟いた。
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