第146話 見える砦

「来たか……」


 ひっさびさのダンジョンだ。なんだかテンションが上がるなー。しかも、お相手は『オーク砦』ときた。防壁や監視塔などを備えた本格的な砦がダンジョンの舞台だ。遠目には、小ぶりだが城にも見える。そんな所を攻略してやろうというのだから、これはテンション上がること間違いない!


「なぁ! そうだろう?!」

「何がよ? それよりもさっさと野営の準備をしなさい。貴方が荷物を出さないと、なにも始まらないでしょう?」

「はい……」


 イザベルにド正論で殴られてしまった。いや、明日にはあのお城みたいな砦を攻略するって言われたら、普通テンション上がるものじゃないのか? オレは爆上がりだぞ?


 だが、オレが野営に必要な物資を収納空間から取り出すと、女の子たちは砦には見向きもせず、テキパキと野営の準備をし始めた。


 いや、うん……。その手際はたしかに素晴らしいけどさ。もっとこう、ワクワクとかはないのか?


「皆、あれがレベル4ダンジョンだぜ? ワクワクしないか?」


 オレがワクワクテンション爆上がりなのは、なにも攻略対象のダンジョンがカッコイイからだけではない。レベル4ダンジョンから上位のダンジョンは、冒険の醍醐味とも言える宝具が手に入るかもしれないダンジョンなのだ。


 つまり、一攫千金や、冒険に役立ちそうな宝具を手にするかもしれないのだ。


 きっと少女たちも、今夜は眠れないほど興奮するに違いない。


 と、思っていたのだがなぁ……。


「分かったから。何をそんなに興奮しているのよ?」

「叔父さん、どうしたんだろ?」

「んっ……」

「アベるん今日テンションたっかいねー! やっほー!」

「アベルさんの好きなダンジョンなのですかぁ?」


 イザベル、クロエ、リディには不思議なものを見るような目で見られ、ジゼルはニッコニコだが、喜んでる方向性が違うし、エレオノールにいたっては、はしゃいでいる子どもを微笑ましく見るようクスクス笑っている。


 んー? なんか違うんだよなー。普通の冒険者なら、やっと稼げるダンジョンに挑戦できると狂喜乱舞するし、宝具に見果てぬ夢を見るもんなんだが……。あるぇー?


 なんだか釈然としないものを感じながら、オレは収納空間から野営に必要な物を取り出して、どんどんと野営の準備を整えていく。


 ここまで来るのに、王都から二日かかっている。『白狼の森林』に潜った時も、『ゴブリンの洞窟』に潜った時も、野営準備はこれまでにも何度もしてきた。皆、なにをすればいいのか分かっているのだろう。あっと言う間に野営準備が整った。


「整ったわね? 明日はいよいよダンジョン攻略よ。今回はレベル4だか気を抜かないようにね。じゃあ、明日も早いから、ご飯を食べてすぐに寝てしまいましょう。夜間の見張り役は……」


 野営の準備が整えば、イザベルがどんどんと話を進めていく。そのことに不満はない。むしろ、ありがたいほどだ。だが……。


 マジかー。すぐ寝ちまうのか?


 たしかに明日は朝早くからダンジョン攻略したいし、これまでの旅程で疲れが溜まっているだろう。早く寝るのは理に適っている。まぁ、たしかに理には適っているが……コイツらにはロマンってものはないのか?


 だからといって、クロエたちにロマンを感じろなんて言っても、そんなものは感動の強要になっちまう。オレはクロエたちに自発的にワクワクしてほしいのだ。


「はぁー……」

「アベル、食料と飲み物を出してもらえないかしら?」


 オレは残念な気持ちで溜息を吐くと、皆に指示を出していたイザベルがこちらを向く。イザベル、張り切っているな。


 オレは、パーティのサブリーダーという役職を作った。リーダーであるオレになにかあった場合、オレの代わりにパーティに指示を出す役目だ。ダンジョンでは、なにが起こるか分からんからな。


 オレが睨んでいた通り、イザベルはリーダー向きの人材だ。テキパキと皆に指示を出してくれる。おかげで楽ができるってもんだ。


「今日はバケットと牛のワイン煮で食っちまおう。」


 オレはドンッと大きな鍋を収納空間から出すと、既に切られたバケットを取り出す。後はスープ皿を六つ。


 まるでこのまま盾になりそうなほど大きな鍋の蓋を開けると、鍋から湯気が立ち上り、深いコクのある匂いが広がった。


「んじゃ、飯を配るぞー。並べ並べー」


 皿に牛のワイン煮を盛り付けると、皿の隅にバケットを刺す。これが今日が晩御飯だ。火を起こさなくても温かいものが食べれる。この時ばかりは、昔からオレは【収納】のギフトに感謝したもんだ。


「んじゃ、食うか。神様ありがとー」

「毎回思うけど、その適当過ぎる食前の祈りはなんとかならないかしら? 聖職者に聞かれたら神を冒涜してるなんて言われかねないわよ?」

「大丈夫だろ、一応感謝してるんだし」

「その一応というのが不安なのだけどね……」


 不満そうなイザベルだが、べつに誰に聞かれてるわけでもないのに気にし過ぎだ。


 ウチのパーティにもリディが協会に所属するヒーラーが居るのだが、リディが祈りをしないのだから仕方がない。


 それに、教会の孤児院出身のイザベルたちには、ちゃんと祈りを唱えるのは当たり前のものかもしれないが、普通の庶民にとってはこんなもんだしな。

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