第147話 初めての試み

「ふーむ……」


 堅牢な砦の眼前、立派な水堀と跳ね橋の前。地面にポツンと立っている腰ぐらいまでの高さの石柱。その天辺にある占い師が持っていそうな大きな水晶に手をかざすと、ダンジョンの情報が頭にスッと入ってくる。


 ここが神が人々に与えたもうた試練の場、通称ダンジョンであること。パーティの最大人数は六人までであること。そして、今ダンジョンを攻略中のパーティが三つあること。


 通称ダンジョン石。ダンジョンの入り口に必ずある石柱だ。そこから得られる情報は少ないが、冒険者たちは必ずこのダンジョン石に手をかざす。このダンジョン石で、パーティメンバーの登録ができるからだ。


 なんでも神は人々に協力する心を求めているというのが教会の言い分だ。そんな本当か嘘か分からない話はどうでもいいが、多くのダンジョンは複数人での攻略が推奨されていて、その最大人数は六人と決まっている。


 だから、おのずと冒険者のつくるパーティの人数は六人となった。まぁ、中には単独でダンジョンを攻略しちまうバケモノも居るがな。そんな例外を除けば、許された最大人数である六人でダンジョンに挑むのが一般的だ。


「先に入っているパーティは三つだな。同士討ちには気を付けろよ? そして、同じ冒険者だからといって油断はするな?」


 この三つのパーティの一つがクロエたちの幼馴染であるギュスターヴたちのパーティだろう。オディロンに面倒を見てやってくれと頼まれたが、まぁ、出会ったら少し世話を焼いてやるか。


 そして、残り二つは面識のないパーティだ。一応、オディロンの情報と『連枝の縁』で得た情報を照らし合わせれば、パーティ名ぐらいは分かるが、知らないパーティだった。滅多にない確率だが、用心する必要があるのは確かだ。


 オレたちが誤って冒険者に攻撃することも気を付ける必要があるのはもちろんだが、相手のパーティが襲ってくる可能性も視野に入れなければならない。冒険者って言っても、善人ばかりじゃないからな。


 特に、宝具が手に入る確率があるレベル4以上のダンジョンでは、注意する必要がある。バカ真面目にダンジョンで宝具を探すよりも、宝具を手に入れたパーティを始末する方が楽だからな。まったく、嫌になる現実だぜ。


「もう何度も聞いて、耳にタコだできそうよ」

「まぁまぁイザベル。大事なことですよぉ?」

「そーそー。ま! そんな奴ら、あーしがやっつけちゃうんだけどね!」


 そんな軽口を零しながら、『五花の夢』のメンバーたちもダンジョン石の水晶へと手をかざした。オレの手と、オレの手よりも一回りも二回りも小さい手が五つ。六つの手が揃うと、水晶がキラリと光り、パーティの登録ができたことが分かる。


「よし。んじゃ、行くか。なんか質問とかド忘れちまったこととかあるか?」

「大丈夫!」

「それこそ、耳にタコができるくらい聞いたから大丈夫よ」

「んっ……」

「そだねー」

「ちゃんと頭に残っていますぅ」


 このダンジョンの特色、罠の発見方法、こんな場合はどうするか。オレは暇があればクロエたちに語って聞かせてきた。それこそ頭にこびり付いて離れないくらいな。ここまでやれば、どうすればいいか分からなくてオロオロするなんて事態は避けられるだろう。方法は不評だが、効果はあるのだ。そして、それで助かる命があるなら、オレはどんなに不評でも止めるつもりはない。


「じゃあ行くぞー」


 オレは軽く言って、跳ね橋へと歩を進める。ここからはもうダンジョンだ。油断はできない。たった数歩の距離なのに、先程までとは明らかに違うピリリッと肌に電流が走るような緊張感を感じた。


 そうだな。ダンジョンはこうじゃなくちゃな。


「耳タコだろうが、もう一だけ言うぜ。今回から、オレも前衛として戦闘に参加するから、そのつもりでな」


 元々生粋の後衛、もっと言っちまえば戦力外だったオレだが、今回のダンジョンから、前衛として戦うことを決意していた。


 その理由の一つは、オレ自身が戦力として数えられるようになれたこと。【収納】のギフトの新たな可能性を発見し、オレは今までとは比べものにならないほどの戦う力を得たからだ。


 それに、レベル4のダンジョンから急激にモンスターが強くなるのも理由の一つだ。前衛が三枚ってのは、ちょっと不安だからな。オレが入ることにした。この方がいざという時にクロエたちを守る意味でも有効だろう。


 だが、不安も当然ある。オレが直接戦ったことがあるモンスターはレベル3までだ。レベル4のダンジョンのモンスターと直接戦闘するのは、初めての経験である。


「ふぅー……」


 知らず知らずのうちに口から大きく息を零していた。柄にもなく緊張しているらしい。


 オレはべつに、クロエたちにカッコイイところを見せたいわけじゃない。堅実に、泥臭くてもいいから、確実にパーティに貢献する。それが目標だ。そのために新たな手札もいくつか用意したが……はてさて、レベル4のダンジョンのモンスターに通じるかどうか……。


 弱気になるな! アベル、お前はお前のできることを着実にこなせ!


「しゃっ!」


 オレは、気合を入れるために両の頬を手でビンタすると、跳ね橋を渡り切り、砦へと侵入した。

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