第148話 少女心

「ふむ」


 オレたちは、何事もなく跳ね橋を越え、レベル4のダンジョン『オーク砦』へと侵入を果たした。周りを見渡すが、モンスターの気配は無い。運がよかったな。


「どうかしたのかしら?」


 立ち止まったオレを不審に思ったのだろう。後方からイザベルの声が聞こえる。


「いや、以前来たときは、壁の上にオークどもがずらりと並んでいてよ? 矢や魔法が暴風雨みてぇに降ってきたんだ。 もしかして隠れてるのかと警戒してたんだが……。どうやら、オレたちより前にダンジョンに入ったパーティによって排除されたようだな。運がいい」

「そういうことだったのね」

「楽ちんできてラッキーだよねー!」


 クロエたちにも警戒を促していたからな。肩透かしの原因が分かってホッとした雰囲気が漏れる。


「もしかしたら、意外と近くに別パーティが居るかもな。攻撃する前に、ちゃんと目標を確認しろよ? こんなつまらないことでレッドパーティになるなんて、アホらしいからな」


 まぁ、実は誤射ってのは意外とある。ダンジョン内という特殊な環境だからな。自分の思っている以上に緊張やストレスにさらされているのだ。普段なら決してしないような失敗も、まぁ起こる。


 たとえ誤射してしまった場合でも、怪我人や死者が出てなけりゃ交渉でなんとかなることがほとんどだったりする。


 だが、これはお互いが理性的だった場合のみだ。相手が狂気に飲まれていたり、端からこちらを殺そうと仕掛けてくるレッドパーティの場合は当てはまらない。


「まぁ、このダンジョンは人に化けるモンスターは居ないからな。そのあたりは気にしなくていいのは楽だな」

「そんなモンスターが居るの?」


 オレの小話に、イザベルの嫌そうな顔を浮かべる。


「居るぜ。レベル8ダンジョンにな」

「レベル8って……」

「オレたちは、まだまだ気にしなくていいってこった。オレから話振っといてアレだが、そんなことより、今に集中しようか。ここはモンスターの気配が無いから、ここでしばらく待機だ。オレとクロエは偵察に出る」

「はい!」


 クロエの子気味いい返事を聞きながら、オレは安堵する。


 イザベルが改善してくれたとはいえ、オレとクロエの関係が、数日間思わしくなかったのは事実だからな。クロエとの二人での行動は懸念点だった。


 クロエを見下ろせば、タイトな黒の装備を身に着け、深くフードを被ったクロエがオレの顔を見上げていた。闇に溶けるような黒の装束は、全てが丹念にツヤ消しが施されている。全身真っ黒な装備だ。だが、女性用の装備ということを意識したのか、フードに猫の耳のようなものが付いているのがチャームポイントらしい。


 クロエの新しい装備だ。闇夜に紛れる暗殺者を思わせる装備だが、猫耳の効果か、黒猫のような愛嬌も感じる。つまり、かわいい。


 オレは、突発的にクロエを愛で讃えたくなったが、ギリギリのところで我慢する。クロエばかり贔屓して褒めるのは、パーティに不和を生むし、なによりここはダンジョンの中だ。油断するべきではない。


「オレが不在の間は、イザベルに指揮を任せる」

「ええ」

「じゃあ、行くか。クロエが先行してくれ。オレは半歩後ろをついていく」

「うん!」


 砦の内部、石造りの廊下を、オレは言葉通りにクロエの半歩後ろを歩いて彼女を追う。見るのは、クロエの前方と、彼女の足元だ。モンスターとの遭遇への警戒と、トラップへの警戒のためだ。


 『オーク砦』のトラップは、単純なものが多い。よくよく観察すれば、スカウトとしての専門知識が無くても回避できるものが大半だ。クロエとオレのダブルチェックならば、問題ないだろう。


「叔父さん、これ!」

「ああ」


 クロエが指したのは、石畳の中央。一見、ただの普通の石畳の石だが、よくよく見ると周りの石に比べると少しだけ高い。ふむ。違う可能性ももちろんあるが、おそらくトラップの起点だろう。その証拠というわけじゃないが、その石には赤い×が書いてあった。


「叔父さん、これって……?」

「おそらく、他のパーティが罠に印をつけたんだな。見ろ、あそこにもある」


 ここだけではなく、前方にも赤い×が書いてあるのが見える。


「ほんとだ……」

「歩くのは楽にはなるが、トラップの発見の練習にはならんな」


 オレが軽く肩をすくめると、クロエもオレの真似をするように、その小さな肩をすくめてみせる。かわいい。ヤバい。鼻血が出そうだ。


「んくっ。んじゃあ、先に進むか」


 なにげない仕草で鼻血を飲み込み、クロエに進むように促す。


「はい!」


 クロエの元気な返事は、オレの活力を与えてくれるな。生きてることに感謝だ。


「×が塗ってないトラップもあるかもしれねぇから注意しろよ」

「うん」


 クロエと普通にお話ができている。それだけで、オレは無限にイザベルに感謝できるぜ。祀ってもいいくらいだ。


『ありがとう、甲斐性なしさん』


 イザベルに感謝を捧げていたら、いつぞやのイザベルの言葉が頭の隅に去来する。


 オレを甲斐性なしと断じてみせたイザベル。その心が分からない。


 いや、たしかにオレは『五花の夢』のメンバーに対して、一歩引いてるところがある。そのことを揶揄されたのか?


 だが、オレ以外は皆、十五の少女だぞ? 共通の話題などダンジョンのことぐらいしかないくらいだが……。


 もっと踏み込んでもいいと言っているのか?


 たしかにオレは、女心など分からない、ましてや年頃の少女の心など分かるわけがないと、やる前から諦めていたのかもしれない。


「勉強してみるか……?」

「叔父さん?」

「いや、なんでもねぇよ」


 そうだな。勉強してみよう。女心、いや、少女心ってやつをな。


 まずは、クロエで試してみるか? クロエならば、オレのことをよく分かっているしな。辺りにモンスターの気配が無いのも、神の思し召しのように思えた。


「クロエ」

「何、叔父さん?」

「クロエは好きな奴とかいるのか?」

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