第16話 マクシミリアン
こんなにストレートにパーティに入ってくれと言われたのはいつぶりだろう?
目の前の少年は深く頭を下げ、こちらに伸ばされた右手は、緊張からか微かに震えている。それだけ少年の本気が伝わってくる。
少年は、その若い年齢とまだピカピカの安い防具と剣を身に着けていることから、まだまだ初心者の部類だと思われる。冒険者に夢も希望も持っている年頃だろう。
最近は、『切り裂く闇』の連中に邪険にされてばかりだったからな。こんなにもストレートに求められるのは、正直悪い気はしない。しかし……。
「気持ちは嬉しいが、先約がいるんだ。わりぃな」
「そっかぁー……。じゃあ、仕方ねえな……」
少年の申し出を断ると、少年がうなだれて右手を下す。諦めのいい子で良かった。酷い場合は、「なぜオレのパーティに入らない!」と逆ギレされることもあるからな。
「もうパーティを……」
「レベル8を……」
「やっぱり昨日の……」
オレたちの動向を黙って注視していた冒険者たちが、ガヤガヤと騒ぎ出す。何の噂をしているんだか。あるいは、昨日パーティに捨てられたオレが、もう新しいパーティに入っていることに驚いているのかもしれないな。
「くだらないですね」
ガヤガヤを騒ぐ冒険者の中にあって、その声は不思議なほどよく通った。聞き覚えのある声に、オレは思わず顔をしかめてしまう。
オレたちを囲むようにできあがっていた人垣が割れ、ソイツは姿を現す。
白銀の鎧を身に着けた見た目20代半ばほどの偉丈夫。年はオレと同じはずだが、顔が整っているせいか、幾分若く見える。その甘いマスクは、不機嫌そうに歪められていた。
「おい、あれって……」
「マジかよ。最強のお出ましだ」
「あれこそがレベル8……!」
冒険者たちの囁くような声で驚愕を露わにする。声を潜めているのは、現れた偉丈夫への敬意か、それとも畏れからか。
「マクシミリアン……」
オレは気が付けば偉丈夫の名を零していた。この偉丈夫こそが、王都でも3人しかいないレベル8冒険者。その一角を担う“雷導”のマクシミリアンだ。魔境であるレベル8ダンジョンを単独で攻略できるほどの人には過ぎた力を持つ男。まさしく、武の極致に立つ男だ。
最近はコイツに会わずにホッとしていたのに、まさか今日出会うとはな……。
「寄生虫ごときが、気軽に私の名を囀らないでください。名が穢れます」
相変わらずの不遜な物言いに、オレは眉を逆立てる。変わらないなコイツは。いや、ますます悪くなっている。貴族の生まれだからか、昔から尊大な言い方をする奴だったが、ここまで不遜ではなかった。
にしても、寄生虫ね……。マクシミリアンの奴は、オレを寄生虫と呼んで憚らないほど嫌悪している。無論、オレもコイツのことは大嫌いだ。しかし……。
「そりゃ悪かったな……」
「ふんっ」
力の差は歴然。コイツは、その二つ名通り天災みたいな奴だ。オレにできるのは、姿勢を低くしてコイツが通り過ぎるのを待つだけ……。
「貴方のような虫が、私と同じレベル8だとは……まったく嘆かわしい。貴方など、このマジックバッグにも劣るというのに……」
だというのに、マクシミリアンはオレが自分と同じレベル8に認定されているのが気に喰わないのか、よくオレに突っかかってくる。嘆きたくなるのはオレの方だ。
ここまでコケにされても反応しないオレの相手に飽きたのか、マクシミリアンが、オレから興味をなくしたように視線を外して振り返った。その視線の先に居るのは、多数の冒険者だ。
「貴方がたもですよ。口を開けばパーティだの仲間だの……。パーティなどというものはね、己が強くなるのに利用するためにあるんですよ。お友達ごっこなど、冒険者には不要。常に最強を目指しなさい」
冒険者のパーティの絆を、お友達ごっこと揶揄するなど正気とは思えないが、マクシミリアンは本気で言っている。コイツは、オレが初めて所属したパーティのリーダーであり、その言葉通り、仲間を使い潰し、不要になったら捨ててきた奴だ。貴族という生まれがそうさせるのか、その才能の大きさがそうさせるのか、自分以外をまるで虫けらのように扱うことに躊躇などしない。
「この私を見なさい。パーティなどというお人形遊びなどせず、レベル8のダンジョンを攻略した私を。この私こそが、磨かれた才能というのです」
認めたくはないが、マクシミリアンが持っている才能は本物だ。本人も言うように、天才が努力した結果が今のマクシミリアンなのだろう。その才能の大きさに誰も付いていくことができず、独りになってしまった孤独な才能の獣。それがマクシミリアンだ。
個人の強さが絶対のものであるマクシミリアン。そして、個人の強さに重きを置く冒険者。一部の冒険者にとって、マクシミリアンこそが理想の姿なのだろう。実際、マクシミリアンの信奉者というのも居るくらいだ。
「大した才能も持たない貴方がたに言っても無駄でしたね」
故に、これだけ不遜な物言いをされても、普段は血の気が多い冒険者たちも沈黙を保ったままだ。
「ここに居ると、まるで私まで下等な生き物の仲間のように思えてきますから嫌ですね」
そう吐き捨てると、マクシミリアンが冒険者ギルドを後にする。オレとしても、コイツが居ると気分が悪いから来てほしくは無いんだがなぁ……。
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