第88話 マクシミリアン②

「ヒッ!」


 エレオノールが言葉にならない悲鳴を上げ、ガチャガチャと鎧を鳴らす。震えているのだ。きっとマクシミリアンの覇気に気圧されてしまったのだろう


 相手はレベル8ダンジョンという魔境を単独で制覇する冒険者の頂点だ。おそらく王都のみならず、国内でも最強の偉丈夫。世界でも屈指の実力者だろう。そんな化け物みたいな相手とは、エレオノールでは文字通りレベルが違うし、次元が違う。


 『白狼の森林』で急成長を見せたエレオノールだが、そんな彼女が戦うこと、逃げることすらも放棄して、ただただ恐怖に震える相手。それがマクシミリアンだ。


 最近、様々な能力を発見し、黒狼を余裕で屠るほどの戦闘能力を得たオレでも敵対するのに躊躇してしまう相手。


 オレが初めてパーティを組んだ時、そのあまりの才能に嫉妬すら追い付かず、完全に上位者として刻み込まれた相手。


 オレは……。


「叔父さんッ!」


 クロエの悲鳴に突き動かされるように、オレはマクシミリアンの手首を掴んでいた。


「汚い手を放せよ、下郎」


  マクシミリアンの金の瞳が細められ、オレを射抜く。オレは負けて堪るかと睨み返した。


「聞けねぇ相談だな。コイツらは、オレのパーティメンバーだ。てめぇこそ、その汚い手を引っ込めろよ」

「ほう? 寄生虫の分際でほざくではないか。戦闘では震えることしかできなかった役立たずが、大きく出たな?」

「………」


 オレは、マクシミリアンの言葉を黙殺する。


「貴様には、格の違いというものを、自分の立場というものを理解させたと思うのだがな……。教育が足りなかったとみえる」

「………」


 オレは、自分の立場というものを、そしてなにより、マクシミリアンとの格の差を思い知っている。しかし、それがどうした?


 そんなものは、オレの退く理由にならない。


 オレの後ろにはクロエが、仲間たちが居るのだ。ここで退くなんてできるわけがねぇ!


 オレの退かない意思が伝わったのか、しかし、マクシミリアンは嗤ってみせた。


「貴様はまだパーティの絆などという幻想に縋っているらしいな。いいだろう。幻想に溺れて死ぬがいい」


 バチッ!


「くっ!?」


 マクシミリアンの言葉を最後に、オレのマクシミリアンを掴んだ手は、鋭い衝撃をもって弾かれる。まるで手のひらを殴られたかのように熱を持ち、強く痺れて拳も握れないほどだ。


 マクシミリアンはゆったりとした仕草で己の手袋を外すと、オレに投げ付けてきた。オレは左手で手袋を受け止める。


「寄生虫、貴様に決闘を申し込もう。受けるだろう?」


 決闘? オレとマクシミリアンが? そんなの……。


「お断りだ。そもそも、冒険者同士の私闘は禁じられているはずだ」

「貴族には決闘の権利が認められている。それに、貴様は受けざるをえない。後ろの娘たちが大切なのだろう?」

「あ?」


 まさか、マクシミリアンは、暗にクロエたちを襲うと宣言しているのか? オレが決闘を受けなければ、クロエたちを襲うと?


 相手はマクシミリアン。貴族だ。貴族の中には、子飼いの暗部を持っている奴も居ると聞く。マクシミリアンの家の暗部のメンバーの顔など知らないぞ。事前に防ぐのは不可能だ。


 オレが表情を苦めたのに気が付いたのだろう。マクシミリアンは、オレを嘲笑うように愉悦の表情をみせる。


「ようやく貴様を叩き潰すことができるのかと思うと、清々するな。ほら寄生虫、せっかく貴様を人間扱いしてやっているのだ。受けろ」


 クソッ! レベル8ダンジョンを単独で攻略できるような化け物と決闘だと? そんなものは論外だ! だが、オレが決闘を受けなければ、クロエたちが……。


「いいだろう……。受けてやる」


 オレは苦しい声を絞り出す。容易じゃない相手だというのは最初から分かっている。マクシミリアンは、最初からオレを殺すつもりだということも。


 最近、オレは新たな能力を得た。それによって、オレの戦闘能力は跳ね上がった。しかし、マクシミリアンにオレの能力が通用するのかも分からない。なにせ、マクシミリアンは……。


「叔父さん……」

「アベル……」


 クロエが、イザベルが心配そうな声を上げる。彼女たちにとってみれば、自分たちには与り知らない因縁で、いきなり自分たちの貞操の危機が訪れたのだ。堪ったものではないだろう。


 クロエたちを、オレのせいで不安にさせているのだ。オレは彼女たちに向けて無理やり笑顔を浮かべてみせる。


「………」


 なにも心配しなくていいと、安心して笑顔を浮かべてほしいと、本当は言いたい。だが、オレにはなにも言うことができなかった。自分でも歪だと分かる笑みを浮かべるだけで精いっぱいだった。


「くははっ! そうだろうな! 貴様ならそう言うと思っていた! 仲間? パーティの絆だと? そんなに他人の命が大事か? そんなくだらないものに囚われているから、貴様はこれから死ぬのだ!」


 マクシミリアンが、大声を上げて嗤う。なんとも楽しそうだな畜生めッ!


「いいか! 冒険者ども! これが貴様らの信仰している仲間とやらの正体だ! パーティの絆などまやかし! 全ては自分の足を引っ張る要因でしかない! 貴様らも早く目を覚ますことだな!」

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