第152話 戦勝

 キィィィイイイイイイイイインッ!


 涼やかとも呼べる金属音が石造りの通路に響く。エレオノールがオークの片手斧をショートソードで受け流した音だ。


 ギィィンッ!


 続いて奏でられたのは、エレオノールのラウンドシールドとオークの槍がぶつかった音だ。オークの槍は、角度を付けられたラウンドシールドの金属の表面を滑り、火花を散らす。


 エレオノールは、片手斧のオークと、両手槍のオークの二体のオークと対峙していた。いや、オークの両手槍。少し穂先の形が変わっている。まるで槍と斧をくっつけたような形だ。


「ハルバートか……」


 珍しい武器を使うオークだな。扱いが難しい武器だが、扱いきれれば強い武器だ。ダンジョンのモンスターは、そのレベルに応じた武術を修めているから注意が必要だな。


「しかし……」


 今は、幅はあるとはいえ、石造りの廊下だ。ハルバートのような長物を存分に振るう空間が無い。槍としての運用しかできていないようだ。


 だが、広い空間で相手にする時は注意だな。


 キィィィイイイイイイイイインッ!


 再び涼やかな金属音が響き渡る。エレオノールが、再度オークの振るう片手斧を受け流したのだ。


 その隙に、オークの操るハルバートが引かれ、また突きが放たれる。


 ギィィンッ!


 二体のオークたちによる連撃に、エレオノールには反撃する時間が与えられない。オークたちの攻撃を受け流すのに手いっぱいだ。


 一見、エレオノールが追い詰められているように見える。だが、見方を変えれば、二体のオークの攻撃を受け止め、足止めに成功にしていると言える。


 エレオノールが一人で二体のオークの足止めをしてくれるおかげで、人数差が生まれ、オレとジゼルがオークとタイマンする余裕が生まれたのだ。エレオノールが果たしている仕事は大きい。


 そして、エレオノールの果たしている仕事はそれだけではない。


 片手斧、そしてハルバートによる息もつかせぬ連撃。その連撃が乱れる。


 片手斧の次の一撃。ハルバートの突きが止まったのだ。


「GUGA!?」


 ハルバートを持つオークの苦々しい声が聞こえる。そして、それが断末魔となった。ハルバートと持ったオークが、ボフンッと白い煙となって消えたのだ。白い煙の晴れた跡には、何者も居なかった。


 だが、オレには誰がオークを倒したのか分かっている。クロエだ。細く鋭く、そして長くなったクロエの新たなスティレット。それがオークの心臓を貫いたのだ。


 戦闘前は様子がおかしかったクロエだが、その仕事は冷え冷えするほど完璧だったな。頼もしいことだ。


「やぁっ!」


 そして、ハルバートの援護を失った片手斧のオークは、一気に形勢を崩していく。シールドバッシュ。エレオノールに顔面を盾で強打され、態勢を崩した片手斧のオーク。それに飛び掛かる小柄な人影が見えた。ジゼルだ。


「はいやっ!」


 ジゼルの左右の手に持つ剣が銀弧を残して交差した。オークの頭部が、まるでおもちゃのようにポーンッと飛ぶ。


 頭部を失ったオークは、ぐらりと体勢を崩すと、石畳の床へと膝を着き、ボフンッと白い煙となって消えていく。


「うしっ!」


 煙の向こう。ジゼルの満足げな声が聞こえた。更に向こうを見れば、もう一つ立ち上る白い煙が見える。ジゼルの担当したオークの成れの果てだろう。どうやら、ジゼルはオークのタイマンを制したようだな。


 そして、ジゼルが仕留めた片手斧のオークが最後のオークだったようだ。通路の向こうから新たなオークが来る気配は無い。これで戦闘は終了だな。


「よし、お前らよくやったな。レベル4ダンジョンのモンスター相手に楽勝とは、期待以上だ。これはダンジョンの攻略も夢じゃねぇな」

「にしし。まっかせてよ!」

「こら、ジゼル。あんまり調子に乗らないの」

「でもベルベル。ベルベルの魔法を温存してもらくしょーだったよ? これはいけるっしょ!」


 ジゼルの言う通り、今回はイザベルの魔法を温存した上での勝利だ。イザベルの護衛をしていたリディもその力を温存している。余裕があると言えるな。


 まぁ、お調子者のジゼルには、釘を刺して丁度いいか。


「今回はアーチャーとキャスターを先に倒した分、余裕があったな。だが、いつでもそうなるとは限らない。皆、気を抜かないようにな。だが、今回の勝利は誇ってもいいぞ」

「うーん?」

「つまり、わたくしたちは喜んでいいのでしょうか?」

「あぁ」

「ひゃっはー!」


 ジゼルが爆発したようにはしゃぎだす。


「だが、それと油断するのとは別だからな?」

「わーってるって! あーし、油断なんてしないし!」

「だといいが……」


 まぁ、ジゼルなら大丈夫だろう。彼女はお調子者の一面もあるが、戦闘になれば、人が変わったように真剣だ。


 それよりもオレは、先程からなにも言わず、黒のフードを目深に被ったクロエの容姿が気になっていた。普段なら、仲間たちと勝利を喜んでいるんだが……。今は一歩引いた位置で、皆の輪に入ろうともしない。


 原因は分かっている。オレだ。


 謝って済む問題ではないこともヒシヒシと感じている。そのことが、クロエに話しかけるのを躊躇わせる。


 あぁ……。どうすりゃいいんだよ。

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