第153話 豚肉

「さて……」


 オレは、少女たちの輪から離れて、石造りの廊下の上に落ちているピンクと白の物体を拾った。ひんやりと冷たく、若干の水分を感じる。肉塊だ。それも豚肉。オークのドロップアイテムは、なぜか豚肉なのだ。


 いくらオークの見た目がイノシシに似てるとしても、まさかドロップアイテムが豚肉とはね。


「ふむ。三つか」


 地面に落ちてる三つの豚肉の塊を収納空間の中にしまっていく。これも大切な収入源だ。自分たちで食べてしまってもいいし、わりと使い勝手がいい。


 この豚肉だが、王都に持ち帰れば、それなりの値段で買い取ってくれる。普通の豚肉よりも味がいいらしい。そのため、普通の豚肉よりも高い値が付いているのだ。


 だが、ダンジョンのドロップアイテムとはいえ、正体不明の肉だ。忌避感を持つ者も居るのはたしかだ。そのため、べらぼうに高い値で売れるわけではない。あくまでそこそこだ。


 とはいえ、それは売ろうとした場合だ。その場で食べてしまおうとする冒険者にとっては関係ない。


 事実、生肉を王都まで運ぼうとする冒険者は少数派だ。大半の冒険者は、食べてしまう。


 生肉なんて、普通は腐っちまうから冒険に持って行くなんてことはしない。大半の冒険者が、干し肉や焼き固めた黒パンなどの保存食で我慢している。


 だが、この『オーク砦』では、現地調達で豚肉が手に入る。


 食事事情が大幅に改善できるため、『オーク砦』は人気といえば人気のダンジョンだ。しょっぱい干し肉を齧るよりも、生の豚肉を焼いて食った方が美味いからな。


 それだけではなく、食料を現地調達できるため、それだけ長くダンジョンに潜ることも可能だ。


 まぁ、マジックバッグを持っていたり、【収納】のギフト持ちであるオレが居れば、もっと長く潜れるし、食事はもっと豪華になるがな。


 このダンジョンは、マジックバッグを持たないパーティには人気ではあるが、主なドロップアイテムが肉塊で微妙だから、そこまで人が集まるわけでもない。まぁ、修業目的の奴らには絶大な人気を誇るがな。


 おそらく、オレたち以外のパーティも修業目的のパーティだろう。


 クロエたちの幼馴染のパーティ『制覇の誓い』も修業のためにここに来たのだろう。オディロンによると、『制覇の誓い』は一度レベル4ダンジョンの攻略に失敗しているらしいからな。


「よし、と。んじゃあ、先に進むぞ」

「はーい!」

「わかりましたわ」

「分かったわ」

「んっ……」

「……………」


 クロエからの返事はなかった。だが、自分の仕事は果たすつもりなのだろう。オレが言う前に、クロエは歩き出し、パーティの前方で斥候する意思を態度で示してみせた。


「ねえ」

「うん?」


 そんなクロエの様子を見て、イザベルが異変を察したようだ。オレを睨み付けるように見上げる。


「貴方、クロエに何をしたの?」

「いや……。その、なんだ……。オレにも詳細は分からないが、ちょっと、選択をミスったみたいでな……?」

「はぁー……」


 クロエの心の深い問題を話すわけにもいかず、曖昧に誤魔化すオレを見て、イザベルは頭が痛いとばかりに頭を押さえ、大きな溜息を吐いた。


「せっかく私が仲を取り持ったというのに。余計なことをして……」

「すまん。そして、すまんついでに一つ頼みごとがあるんだが……」

「分かっているわ。クロエの面倒はこちらでみるから、貴方は今度こそ余計なことを言わないようにしなさいな」

「分かった……」


 なんとも情けないことだが、こういう場合は同性のお友だちの方が気が楽だろうというのも分かる。ここは大人しく、クロエのことはイザベルに託そう。


 なんだか、イザベルには借りばかりが増えていくな……。


「すまんな。この埋め合わせはいつか必ずするから」

「そう。期待せずに待っておくわ」


 イザベルには完全に呆れられてしまったな。


「アベるんとベルベルは、何を話してるのー?」

「パーティの運営でちょっとな」


 ジゼルの問いを軽く受け流す。クロエのこともパーティメンバーの問題とも言えるし、嘘は言っていない。……と、思う。


 オレは頭を軽く左右に振り、放っておけばいつまでもクロエのことを考えてしまいそうな思考をクリアする。ここはダンジョンの中で、オレはパーティのリーダーだ。オレにはパーティを導く責任がある。


 たしかにクロエのことは心配だ。だが、そこで思考を止めてはいけない。常とは違うクロエに目を配りつつ、パーティに指示を出さなくては。


「前進するぞ。イザベルには地図の制作を頼む。クロエがトラップを見落とす可能性もある。全員、トラップには注意だ。クロエには罠の解除も任せているが、解除できなかったものには、赤のチョークで×を書くように指示している。見落とすなよ?」


 若干早口で指示を出し終わると、オレは前方で待機しているクロエを見つめる。フードを目深に被っているため、その表情は窺い知れない。だが、オレの脳裏には、クロエのゾッとするほど冷たい視線が浮かんでいた。


 クロエの心を傷つけてしまったことは明白だ。だが、オレにはその原因がぼんやりとしか分からなかった。そんな自分に腹が立つ。

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