第113話 急転

「邪魔するぞい」


 ブルギニョン子爵家からの使者が帰った後も、オレは応接間で考えを巡らせていた。


 使者が持ってきたブルギニョン次期子爵からの手紙。それは、この事態を一転させるほどのパワーを秘めていた。


 相手側のアクションに乗るということに危険を感じないでもないが、このまま屋敷に籠城しても事態の好転が見えない。


 貴族の慢心、余裕の表れかは分からないが、せっかく相手が甘い手を打ったんだ。ここは付け入るに限るのだが……。今となっては、ブルギニョン子爵家の使用人と思われる使者の男が見せた余裕が気がかりだった。


 まるで、予想通りと言わんばかりに表情が崩れなかったからな。もしかしたら、オレは気付かぬうちに相手の手のひらの上で踊らされている可能性すらある。


 本当にこれでよかったのか?


 どこまで考えを巡らせても答えは出ない。当たり前だ。オレに未来予知なんて芸当はできないのだから。


「おい、アベル。どうしたんじゃ?」

「ん?」


 銅鑼を鳴らしたような大声に頭を上げれば、応接間の入り口には、立派なヒゲを蓄えた大男の姿が見えた。目を引く武装した深紅のローブ。その手には、巨大な両手斧が握られている。


 オディロンだ。ブルギニョン子爵家から使者が来た時点で、即座に応援に呼んでいたが、もう来ていたらしい。オディロンの後ろには、姉貴やクロエたちの姿も見える。おそらく、オディロンが護衛してくれていたのだろう。


「オディロンか。すまないな、急に呼び出して」

「なぁに、構わぬよ。今に儂のパーティメンバーも来るだろう。ひとまず、今回は大事にならんでよかったわい」


 ガハハと大声で笑うオディロンを見ていると、なぜだか安心するものを感じた。オディロンが、元々陽気な性格だからだろうか。陰惨な妄想から現実に帰ってきた気がする。


「それで? あちらの要件は何だったのかしら?」


 オディロンの広い背中から出てきたイザベル。その整った顔を不機嫌そうに歪め、いつものように胸の下で腕を組んでいる。イザベルが、考えを巡らせるときの癖だ。


「まさか、また決闘なんてことは……」


 姉貴の不安な声を、オレは敢えて笑顔を浮かべて否定する。


「今の状況より、決闘の方がまだマシだぜ? なにせ、決闘ならルールがあるからな」

「と言うことは、相手の狙いは決闘ではなかったのね?」


 オレは、イザベルの言葉に頷くと、受け取った手紙を開きながら口を開く。


「どうも、ブルギニョン子爵家の時期当主様がオレに会いたいらしい。日時や場所はこっちで決めていいって好条件だ」

「ほう?」


 オディロンがオレから手紙を取り上げると、すぐに読み出す。


「ふむ。本当に書いてあるわい。連中の狙いは何だ……? 使者から何か探れたか?」

「オレがそういう腹の読み合いが苦手なのは知ってるだろ? 奴らを困らせようとして無茶な要求を突き付けたつもりだったんだが、使者の男は顔色一つ変えなかったぜ」

「待ちなさい。要求を突き付けたって……。貴方、まさか相手の話に乗ったの?」


 オレは鋭い目を向けてくるイザベルに頷いて応える。


「そんな……。まだ相手の狙いも分からないというのに……」

「アベル……。本当に大丈夫なの……?」

「わたくしは、アベルさんのことを信じています。ですが、勝機はあるのですか?」

「嬢ちゃんたちの言う通りだ。ちと軽率だったんじゃないか?」


 オディロンの言う通り、軽率な判断だったかもしれないが……。


「だからといって、ここで永遠に籠城するのも無理な話だ。オレたちから状況を動かすこともできないしな。なら、こっちで条件を出せるこの話に乗った方がいい」

「待ってないで、こっちから攻めることはできないのー? あーし、なんだかイライラしてきたんですけど!」


 ジゼルがイザベルの真似のつもりか、胸の下で腕を組んでオレを見る。その言葉通り、ジゼルには珍しい神経質そうな表情を浮かべている。長引く外出禁止にストレスが溜まっているのだろう。


「ジゼル、残念だがそれはできない。こっちから手を出したら、こっちが悪者になっちまうからな」

「ぶー!」


 頬を膨らませて不満を露わにするジゼル。その子どもっぽい仕草に、少しだけ心が和んだ気がした。


「話を戻すぞ。お前さんは日時と場所をどこに指定したんじゃ?」

「明日、ここだ」

「「は?」」

「だから、日時は明日、場所はここだ」


 オレの言葉にオディロンたちが絶句する。


「そりゃ、いくらなんでもお前さん……」

「明日なんて、満足に準備ができないじゃない!?」

「叔父さん、平気なの……?」

「アベル……」


 さすがに、明日だとは思わなかったのか、オディロンは呆れ顔だし、イザベルは噛み付いてくる。クロエも姉貴も心配顔だ。たしかに急ぎ過ぎたという思いはあるが、オレはこれが最適解であると信じている。


「まぁ、落ち着けよ。たしかに急な話だと思うが、迎撃準備たって、屋敷を改造するわけにはいかないし、オレたちには冒険者に護衛を頼むくらいしかできねぇよ。なら、相手の準備時間を削る方がいい」


 幸い、冒険者たちはオレたちに協力的だ。オディロンが話を通せば、質のいい冒険者が揃うだろう。現状、オレたちは冒険者に協力を仰ぐ以外に打つ手がない。そして、それは短時間でできることだ。大袈裟な準備時間なんて必要ない。


「まぁ、そういうわけで、オディロンには明日の警護と人員の選定を頼みたい」




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