第112話 使者

「なるほど……。こうきたか……」


 オレは、冒険者パーティ『五花の夢』の拠点して購入した屋敷のリビングで唸る。高額だっただけあって、とても豪華な応接間だ。応接間を走る柱や梁、備え付けの家具には、荘厳さを感じる一方、オレたちが新たに運び込んだ家具は、とても少女趣味で、なんともちぐはぐなミスマッチを感じる応接間だな。


「よろしければ今、お返事を頂戴致したく」

「あぁ……」


 テーブルを挟んだ向かいには、少しくたびれた仕着せを着た壮年の男が居る。マクシミリアンの実家、ブルギニョン子爵家の使用人だ。鍛えられた様子もなく、武術の経験があるようには見えない。制圧は容易だろう。


 しかし、男が持ってきた手紙には、容易ならざることが書いてあった。差出人は、マクシミリアンの兄にあたるブルギニョン子爵家の次期当主だ。


 マクシミリアンが次期当主ではないことに少し意外なものを感じるが、マクシミリアンが消えた後に次期当主に内定したのかもしれないな。


 その手紙の内容は、まずは今回の騒動の謝罪があった。全てはマクシミリアンの暴走で、ブルギニョン子爵家は与り知らないことである。しかし、マクシミリアンの暴走を止められなかったことには丁寧な謝罪があった。


 貴族家の次期当主様が、たかが平民に対して、こんなにもへりくだるとは……。驚くべき事態だ。まぁ、本気で謝罪しているかは知らないがな。こちらを油断させるための罠かもしれない。


 そして、次に書いてあったことも驚きだった。


 次期当主様は、お忍びでオレに会いたいらしい。理由は、直接謝罪がしたいからと書いてあったが、なかなか信じられない内容だ。


 日時や場所の提案もされているが、オレの一存で変更してもいいらしい。まるで、オレごときがどんなに策を練ろうと、必ず殺せる自信があるかのようだ。


 さて、どうするべきか……。


 まずは、この話を受けるか、受けないかだな。


 オレの心は、この話を受ける方向で考えを固めつつあった。この手紙の内容は、オレたちにとって有利に働くからだ。


 特に大きいのが、オレたちが場所や日時の指定をできる点だろう。これまで、いつ襲われるか全く分からない状況から、襲われる日時や場所をある程度こちら側で絞ることができる。これはかなり大きい。


 これも貴族特有の慢心ってやつか?


 それとも、こちらの策を食い千切る余程の自信があるのだろうか?


 だが、有利条件を自ら手放す気は、オレには無かった。


 それに、ここ数日の間、姉貴やクロエたちには、安全確保のために外出禁止令を出してはいるが、姉貴はともかく、クロエたち、特にジゼルの我慢の限界が近そうだったというのもある。


 自由に外に出られないというのは、予想以上にストレスを感じるらしい。


 できれば、この件は早めに収束させたいところだ。


 そのためにも、この提案には乗る。


 今頃、姉貴やクロエたちは、別室でピリピリしながらこの会談の終わりを待っていることだろう。もうこれ以上不自由な思いをさせたくない。近日中に終わらせてやる。


「分かった。提案に乗るとお伝えしてくれ」

「了解致しました。では、私はこれにて……」

「待て。ただし、日時と場所はこちらで決める」

「かしこまりました」


 事前に手紙の内容を知っていたのだろう。目の前の使用人は、慌てた様子もなくオレに恭しく頭を下げる。この男、意外とブルギニョン子爵家では高位の使用人なのかもしれないな。


 貴族の使用人にありがちな、平民を見下す態度がないし、オレを立てようという気配まで感じる。好感を抱くに足る使用人だが、これもオレたちの油断を誘う演技とも限らない。


 この男の考えが読めないな。この男から情報収集するのは難しそうだ。オレに貴族並みの腹芸ができるわけがないからな。全てを疑うくらいで丁度いいだろう。


「場所は……」


 オレが告げた日時と場所に、使用人は驚いた様子も見せず、オレに恭しく頭を下げた。男の予想の範囲を超えることができなかったようだ。


「以上だ。ブルギニョン次期子爵様によろしくお伝えしてくれ」

「かしこまりました」


 オレは、あくまで恭しい態度で去り行く使用人を見ながら思う。


 これで本当に良かったのだろうか?


 相手が、オレの予想をはるかに超えるとしたら……。


 オレの心配性の部分が警鐘を鳴らす。相手のアクションに載って本当によかったのか。まだ答えが出せないというのに、不安だけが思考をループする。


 毎度毎度、どれだけ準備して策を練ろうとも、決して安心することはない弱い自分の心には苦笑いしか出ない。


 まぁ、それだけ慎重と言えればいいのだろうが、この思い切れない性格のせいで、チャンスを逃したことは何度もあった。


 オレには、一足飛びに走り抜けることなんてできない。オレにできるのは、亀のような鈍間な歩みだけだ。一歩一歩、堅実だと思われる道を選び取る。それしかできない。


 これはオレの変わることができない性分なのだろう。


「やれやれ……」


 オレは、自分に呆れながら、心の中で鎌首をもたげた不安を叩き潰す。もう賽は振られてしまった。オレが振ったのだ。あとはなるようになるしかない。

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