第43話 訃報

 王都の雑踏の中を一人歩く。合計14日にも及んだレベル2ダンジョン『ゴブリンの巣穴』での前衛陣の強化キャンプを終え、オレたち『五花の夢』は、やっと王都に戻ってきていた。


 パーティメンバーには、濃い疲労の色が窺えたため、今日はさっさと解散にした。14日というのは、オレにとっては短い遠征期間だったが、まだまだ尻の殻が取れないひよっこたちには長かったようだ。体力の向上も課題だな。


 久しぶりに味わう騒がしい空気は、腹が空く匂いで満ちていた。


 そろそろ夕食時か。


 唸る腹を撫でて落ち着け、活気に溢れる王都の大通りを歩く。さて、今日の晩飯はどうするか?


 また食事を買い込んで姉貴の所に顔を出すのもいいな。ダンジョンでのクロエの活躍や成長を話して聞かせるのもいいだろう。


 姉貴は、冒険者という仕事は極端に危険だと思い込んでいるからな。おそらく、オレが冒険者になりたての頃、毎日のように怪我をして帰ってきたことを覚えているのだろう。


 まぁ、確かに冒険者は死と隣り合わせの仕事だが、自分の実力を客観的に見て、無理をしなければそうそう死ぬことはない。まぁ、それでも生き急ぐバカは絶えないんだがな……。


「はぁ……」


 冒険者という仕事をやっていれば、死というのは案外身近にあるのだと嫌というほど思い知らされる。オレも知り合いが死んだなんてことは数えきれないほど経験した。あの内臓が鉛に置き換わったかのような重苦しさは、何度経験しても慣れるということはない。


 少しばかりブルーな気持ちになりながら、オレは冒険者ギルドのスイングドアを開ける。


 途端に集まるのは、冒険者たちの視線だ。いつもはすぐに逸らされる視線が、なぜか今日は張り付いたまま。どんどんと視線を集めていく。


 冒険者たちの顔には、笑顔が浮かんでいるわけでも、敵意が浮かんでいるわけでもない。一番近いのは困惑の表情だろうか。なんと声をかけたらいいのか分からないという若干のネガティブな色を湛えた愁いを帯びた表情。


 つい先ほどまで、オレが来るまでは陽気に賑わっていた冒険者ギルドが、まるで今はお通夜のような状況だ。覚えのある状況。しかし、まさか……。


 オレはある予感を覚えながら、視線を独占したまま、歩き出す。事情を知っていそうな奴の所へ。


 その人物は、冒険者ギルドの隅のテーブルにひっそりと座っていた。濃い赤髪に深紅の外套を着た、恰幅の良いハーフドワーフ。


「よぉ、オディロン」

「お前さんか……まぁ、呑めよ」


 いつもは笑顔でオレを迎えてくれるオディロンも、今日は暗い表情を浮かべていた。オレの中である予感が一層その存在感を増す。


「でよ。これはどういう状況なんだ?」


 オレはオディロンの向かいに座り、酒の入ったコップを受け取る。チビリと呑むと、複雑な香ばしい味わいと強いアルコールの苦みと共に舌が、喉が、燃えるように熱くなる。ドワーフの大好物と有名な火酒だ。


 オレに問われたオディロンは、何度か口を開きかけては閉じを繰り返し、最終的に大きな溜息を吐いて、俯いたまま喋り出す。


「お前さんも察してはいるだろう? 『切り裂く闇』の件だ」


 オディロンのボソッと零した言葉に、オレの中の予感が確信へと変わる。しかし、オレは信じたくなくて敢えて陽気に口を開いた。


「『切り裂く闇』ねぇ。クロヴィスたちか。アイツらがまたバカやらかしたのか?」


 まったくしょうがねぇな。そう明るく呟きながら、オディロンの言葉を待った。オディロンの表情は相変わらず暗い。嫌な予感がますます大きくなる。


「バカか……。確かにバカをした。それも特大のな。あ奴らはお前さんの忠告も聞かず、5人で『女王アリの尖兵』に潜ったんだ……」

「ッ!」


 忠告をした時のアイツらの反応からして、次はレベル7ダンジョンに行くつもりだと察してはいた。だが、よりにもよって『女王アリの尖兵』かよ……。


「……何人残った?」


 アイツらの実力で『女王アリの尖兵』を制覇できるわけがない。そして、もし『女王アリの尖兵』に潜ったのなら、無事で済むわけがない。


 オレは恐る恐るオディロンに確認する。できれば全員生きていてほしいが……。生きているなら、命さえあればなんとかなる。


 オディロンが苦い表情を浮かべて、たっぷりと時間をかけて口を開く。


「……全滅だ」

「はぁー……」


 そんな予感はしていた。だが、まさか全滅とは……。オレは中身まで出そうなほど深い溜息を吐くことしかできなかった。


 全滅……。最悪の結果だ。


「それは確かな情報なのか?」


 一縷の望みをかけて口を開いたオレに、オディロンは悲しいものを見るような目で首を横に振った。


「『切り裂く闇』の後から入ったパーティが、血に濡れた5人分の装備の残骸を見つけたらしい。残念だが、生き残りはいねぇよ」


 死体ではなく装備の残骸。『女王アリの尖兵』のモンスターは、人を喰らう。喰われちまったのか……。死体も残らないなんて……。なんで『女王アリの尖兵』になんて行ったんだ。あそこはレベル7ダンジョンの中でも特に難所だぞ。少なくともレベル6ダンジョンを一回攻略しただけの奴らが行くところじゃない。


 うなだれていると、いつの間にか立ち上がったオディロンにポンッと肩に手を当てられる。


「いろいろと複雑な気分だろうが、お前さんは死んだ奴らより生きてる奴らを大事にしろよ。新しくパーティを組んだんだろ? あまり囚われ過ぎないこった。今日は儂の奢りだ。たらふく呑んで折り合い着けるんだな」


 それだけ言うと、オディロンはオレに背を向けて歩き出した。

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