第106話 黄金

「一緒に住まねぇか……?」

「「え?」」


 朝食の席。前置きもなく切り出したオレに、姉貴とクロエは呆けたような顔を向けた。


 それにしても、姉貴とクロエはよく似ているな。黒い艶やかな髪に、黒曜石のような澄んだ黒い瞳。間違いなく血が繋がっていると分かる。二人とも同じような顔を浮かべているから、まるで双子……は言い過ぎだが、仲の良い姉妹のように見える。


 クロエはもちろんいつも通りぷりちーだが、恐るべきは姉貴だな。あどけない表情を浮かべているからか、いつもよりも若く見える。これが30過ぎの経産婦だとは、とても思えない。


「一緒に住む? あなたもここに住むってこと?」

「えっ!? 叔父さんほんとっ!?」

「違う」


 こんな狭い家に三人も住めるかよ。そして、なぜクロエはそんなに嬉しそうなんだ?


「家はオレがこれから用意する」

「これからって……」

「三人で暮らすってこと!?」


 オレの言葉に姉貴は呆れたような顔を浮かべ、クロエはなぜか満面の笑みだ。クロエの頬は薄く上気し、瞳はうるうるに潤んでいる。まるでキス待ち顔ならぬ告白待ち顔だ。めちゃくちゃかわいい。オレはもう死んでもいいかもしれない。本気でそう思った。


 クロエがなぜこんなに嬉しそうなのかは知らないが、オレと暮らすことに対して抵抗が無さそうでよかった。世のお父さんは娘に距離を置かれるのがデフォだからな。オレは恵まれている! 神に感謝を! いや、女神クロエに感謝を!


「まだ話しちゃいないが、一緒に住むのは三人だけじゃねぇな」

「え?」

「どういうことよ?」


 怪訝そうな顔を浮かべるクロエと姉貴。オレは二人に、マクシミリアンを倒した影響を伝えていく。貴族が、平民に負けたまま泣き寝入りなんてするわけがないこと。そして、報復の可能性も。


「一番怖いのは、マクシミリアンの実家、ブルギニョン子爵家の子飼いの裏家業者だ。メンバーの顔も構成員の人数も不明。コイツらが人質を取るべく姉貴やクロエたちを襲うとも限らねぇ」

「「………」」


 大事な話だというのは伝わったのだろう。姉貴とクロエの二人は、真剣な表情でオレの話を聞いてくれる。情けねぇが、今回は二人の協力が必要不可欠だ。オレだけの問題じゃ済まねぇ。


「今のまま分散してれば、満足に守ることもできねぇのが実情だ。。姉貴とクロエ、『五花の夢』のメンバーが一緒になってくれてた方が守りやすい」

「クロエのパーティーの子たちと一緒に住むってこと?」

「みんなと?」

「そういうこった」


 姉貴が思案するように顔を俯かせ、クロエがぱちくりと目を瞬かせる。


「正直な話ね。あたしは、お貴族様のあれこれとか、戦いのことも全然分からないけど、それが必要なことなのね?」

「あぁ……」


 姉貴が難しい顔を浮かべ、そんな姉貴の横顔をクロエが心配そうな顔で見つめている。


 姉貴にとってこの家は、初めて手に入れた自分の城だ。これまで踏んだり蹴ったりだったオレたちにとって、初めて手に入れた安心できる空間。


 オレもこの家には愛着があるのは事実だ。だが、姉貴のそれはオレの比じゃないだろう。手放す決断は難しいというのは分かる。


「姉貴がこの家を手放したくないって気持ちは分かるつもりだ。だが、今回の件が片付くまでは、ここを離れる決断してくれねぇか?」

「……ここを離れることは……分かった。けど、七人も暮らせる家を買うなんて、あんた本当に大丈夫なの?」


 姉貴が心配していたのは、オレの懐具合の方か。そういや、貧乏な暮らしをしている姉貴に自分の稼ぎを伝えるのは厭らしい気がして、オレは自分の財産を姉貴に伝えたことはなかったな。


「あんたの羽振りがいいのは知っているけど、家を買うってのはとんでもなくお金がかかるのよ?」


 そんな当たり前のことは、オレも弁えている。姉貴の中では、オレはまだ、なにも知らないような小さな子どものままなのかもしれねぇな。


 親にとって、子どもは幾つになっても子どもなんて言葉があるが、姉貴にとっても、オレは幾つになっても手のかかる弟ということだろう。


「金については心配すんなって」


 オレは収納空間から大きめの革袋を五つ、テーブルの上に取り出してみせる。そのどれもが、パンパンに膨れた革袋だ。


 オレはその中の一つを開けてみせる。


 ジャラジャラ!


 革袋から溢れるように現れたのは、朝日に輝く黄金の輝きだ。周辺国の中では、一番信用が置ける王国金貨。


「え!?」

「これ!?」


 そっくりな驚愕の表情を浮かべる姉貴とクロエ。そうだな。これ一袋でもかなりの財産だ。これ一袋でも、大通り沿いに庭付きのそこそこの家が買えるだろう。


 オレは、二人の驚愕に付き合わず、二つ目の革袋の口を開ける。同じように黄金の波が溢れ出す。


「まさか!?」

「これ全部金貨なの!?」

「そのまさかだ」


 オレは三つ目の革袋に手を伸ばしながら、姉貴とクロエに頷いて応える。


 オレは、つまらない人間だ。趣味と呼べるものもないし、なにか熱中できるものもなかった。


 だが、今回はオレの無趣味が意味を持った。


 これまで稼いでいながら、使い道が思い浮かばず、貯まりに貯まった金貨たち。コイツが今度はオレたちを助けてくれる。




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