第102話 いびき

「ぐがごぉーーーーーーーーーーーーーー。ひゅーーーーーーーーーー」


 あたし、クロエの横で、叔父さんが高らかにいびきをかいて眠っている。せっかく二人で同じベッドに眠っているというのに、ムードの欠片も無いと思う。叔父さんは反省してほしい。


 あたしの家のベッドは狭い。ママと抱き合って眠って丁度いいくらいのサイズしかないのだ。


 だから、あたしと叔父さんの距離は、まるで抱き合っているかように近い。実際、あたしは叔父さんの腕を抱き枕のようにしていた。


 だというのに、叔父さんはあたしそっちのけで、ベッドに入るなりすぐに寝てしまった。久しぶりに叔父さんと一緒に寝ることになって、ドキドキしていたあたしの胸の高鳴りを返してほしいくらいだ。


「はぁー……」


 叔父さんのマイペースさに、思わず小さく溜息が漏れていた。


 でも、今日はマクなんとかって奴との決闘もあったし、叔父さんを許してあげようと思う。あたしも冒険者になって初めて知ったけど、命のかかった勝負というのは、とても緊張するし、なにもしていなくても疲れてしまうほどに消耗してしまうのだ。


 疲れていたというのもあるだろうし、緊張から解かれて、気が緩んでしまったというのもあるだろう。いつもは絶対に酔い潰れたりしない叔父さんが、珍しく前後不覚になるまでお酒を飲んでしまったのも、決闘というのがそれだけ重圧だったということだと思う。


「叔父さんが勝ってくれて、本当に良かった……」


 あたしはしみじみとそう思う。相手は冒険者認定レベル8のバケモノだったし、とても心配したのだ。叔父さんには余裕があるように見えたけど、きっと内心とても緊張していたはずだ。


 だって、あたしの頭を撫でる手が、微かに震えていたから。


 あたしたちを心配かけまいと、強がっていた叔父さん。あたしたちは、叔父さんにとって、あくまで庇護対象であり、相談する仲間ではなかったということなのだろう。


 そのことが、あたしには我慢できないほど悔しかった。


 でも、実際にあたしにできたことは、叔父さんに抱き付いて泣いてしまうことだけだった。これじゃあ叔父さんも、あたしたちを頼ることなんてできないよね。


 自分の情けなさに涙が出そうだ。


 強くなろう。いつか、叔父さんにも頼ってもらえるほど強くなろう。


「ぐががーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。ごーーーーーーーー」


 あたしが固い決意を決めているというのに、叔父さんは暢気にいびきをかいている。なんだかちょっと怒れてくる。


「あたしって魅力ないのかな……」


 ママには、男は腹を空かせたオオカミだから気を付けなさいと言われたけれど、叔父さんがあたしを襲う気配は微塵も無かった。


「あたしもエルやイザベルみたいにおっぱいが大きければ……」


 胸を寄せて上げてみるけど、エルやイザベルにはとても敵いそうにない。おっぱいと言うよりも、胸に付いた薄いお肉といった感じだ。


 叔父さんの視線が、たまにエルやイザベルの胸に向かっているのは知っている。すぐ逸らされるけど、叔父さんも胸の大きな娘が好きなのかな……?


「あたしやジゼル、リディの胸は見ないのよねぇ……」


 わざわざ見るほど主張が激しくないという点は置いておくとして、叔父さんが胸を見るのは、エルやイザベルに限られている状況だ。やっぱり叔父さんも、世の男たちと同じように、大きな胸が好きなのだろう。


「大きくなくてごめんね……。これから大きくなるから。たぶん……」


 あたしの胸でも叔父さんが満足してくれればいいんだけど……。あたしの胸が小さいせいで叔父さんが別の女の子のこと好きになってしまったら、あたしはたぶん泣いてしまう。


「別の女の子と言えば……」


 最近、ジゼルが叔父さんに積極的に絡んでいるのよね……。うーん……。どうすればいいのかしら?


 ジゼルは大切なお友だちだし、その恋なら全力で応援するつもりだったけど、その相手が叔父さんとなると話は別だ。


 幸い、叔父さんはジゼルが抱き付いても平然としていたけど、それがいつまでも続くかは分からない。ジゼルは、あたしから見てもかわいい娘だもの。あんな娘にアタックされ続けたら、いくら叔父さんでも、ジゼルのことを好きなってしまうかもしれない。


 マズイわね……。まだ、動いたのがエルやイザベルじゃないだけマシなのかしら。


「イザベルも分からないのよねー……」


 イザベルは極度の男嫌いのはずなのに、叔父さんには普通に接している気がする。それはパーティの仲間だから? それとも、本当はイザベルも叔父さんのことが好きだから?


 叔父さんが色違いと戦う時も、今回の決闘も、イザベルは叔父さんのことを心配していたし……。


「あー……もうっ!」


 考えていたらモヤモヤしてきたわ。せっかく今は叔父さんを独占できているんですもの。もっと有意義なことをしたいけど……。


「げぎごーーーーーーーーーーーーーー。ぷひゅーーーーーーーーーーー」


 肝心の叔父さんが寝ちゃっているからなぁ……。


 薄暗い部屋の中、叔父さんの顔を見ると、大きな口を開けて気持ちよさそうに眠っていた。こんなに無防備な叔父さんは初めて見るかも……。


 叔父さんの顔を見つめていると、大きく開いた唇が目に入る。


 キス……。


「ッ!?」


 意識してしまってからはダメだった。どうしても視線が叔父さんの唇に吸い寄せられてしまう。


 だめよ、あたし! ファーストキスは、もっとロマンチックなものじゃないと!


 でも……。

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