第101話 姉貴②

 オレの勝利を心底祝ってくれたオディロンたちと別れ、オレたちは群衆をかき分けて処刑広場を後にした。


 宝具を借り受けた時にも思ったが、オディロンをはじめ、あんなに大勢の冒険者がオレの勝利を願ってくれていたのだと知ると、胸が温かくなる思いがした。


 オディロンの奴なんて漢泣きしたくらいだ。力いっぱいオレの背中を連打してくるのには辟易したがな。今も叩かれた背中が痛い。


 キールの奴も珍しくテンションが高かったな。まぁ、オレとキールとオディロンは、過去にマクシミリアンとパーティを組んでいたから、マクシミリアンの残忍性も、そしてその強さもよく知っている。オレの勝利に、心底ホッとしていたようだった。


 他の冒険者たちも勝利を祝ってくれた。皆、マクシミリアンの独善的な部分にはうんざりしていたのだろう。


 ほんの一言二言しか喋ったことのない冒険者も居れば、過去に即席パーティを組んだ冒険者や、悩みの相談に乗ってやった冒険者など、懐かしい顔ぶれもあった。


 大勢の冒険者に囲まれたが、皆の表情が明るかったのは、とくに印象的だった。


 まぁ、マクシミリアンは民衆や貴族の受けはよかったが、冒険者受けはしていなかったからな。嫌いな奴が居なくなって清々したってところか。


「叔父さんっ! 早く帰ろっ!」

「おうっ!」


 弾むようなクロエの声に釣られて、オレの声を弾む。


 冒険者たちと別れ、エレオノールやイザベルたちを送っていった後、オレはクロエに腕を抱き付かれながら、姉貴の家への道を歩いていた。


 今日はこのまま姉貴の家で祝杯を挙げるつもりだ。オディロンやキール、冒険者たちにも祝宴に誘われたが、断っている。


 まずは姉貴に元気な顔を見せねぇとな。


 主役が居ないのでは始まらないと、冒険者たちの祝宴は明日に延期された。その時には、クロエたちを連れて出席するつもりだ。クロエたちの顔を冒険者たちに覚えてもらわねぇといけねぇからな。


「ねーえ。早くー!」

「引っ張るなって。それと、ちゃんと前見て歩け」


 後ろ向きに先を歩くクロエに引っ張られるようにして、オレは姉貴の家の前までやって来た。姉貴とは微妙な感じで別れたきりだ。少し会うのに緊張する。


「たっだいまー!」


 しかし、オレの緊張など知る由もないクロエは、家の前に着くなり、すぐにドアを開けてしまった。もうちょっと心の準備をしたかったが、仕方がない。


「じゃまするぜー」


 オレはご機嫌な様子のクロエに続いて姉貴の家へと入る。クロエがご機嫌なのはいいことだな。マクシミリアンの奴に勝った甲斐があるってもんだ。


 クロエが笑顔でいるためなら、オレはなんでもできそうだ!


「アベルッ!」


 家に入ると、テーブルで暗く沈んでいた姉貴が、弾かれたように立ち上がるところだった。姉貴があまりに勢いよく立つものだから、イスが後ろに音を立てて倒れたほどだ。


 子どもじゃねぇんだし、なにやってんだ?


 そう思わなくもないが、それだけ姉貴が心配に心を侵されていたということだろう。


 まったく、オレは幾つになっても姉貴に心配ばかりかけているな。若い頃は怪我ばかりして心配かけたし、ようやく最近は安定してダンジョン攻略ができて、安心してもらえるようになったかと思えば、今度は決闘騒ぎだ。いつになったら、姉貴が安心してくれるんだか……。


 それに、昨日は姉貴と妙な感じで別れちまったからな。少し緊張してしまう。


「よ、よお。戻ったぜ……?」

「アベル、あんた……」


 姉貴が怖いくらい真剣な表情をして、テーブル沿いにオレへと迫ってきた。まるで、オレに殴りかからんばかりだ。


 オレは、姉貴に気圧されたように目を閉じてしまった。昔から姉貴には叱られてばっかりだったから、直感的にビンタされると思ったのだ。姉貴には、殴られても文句が言えないほど、心配かけちまったしな。


 目を閉じて頬への衝撃に備えていると、固くなったオレの体を、ふわりと柔らかくて暖かいものが包んだ。なんだ?


 姉貴のフェイントかもしれない。そう思って片目を薄く開けると、姉貴がオレに正面から抱き付いていることが分かった。


「しんぱ、心配したのよ? みんなマクシミリアンの方が強いって、マクシミリアンが勝つって言ってるんだもの。嫌な奴は、あたしにもうお悔やみの言葉を言ってきたくらいよ? 本当に心配したんだから!」

「………」


 姉貴の頬には、輝く一筋の雫が見えた。それを見て、オレはなにも言えなくなってしまう。


 姉貴は強い女だ。滅多に泣くことはないし、泣き言も言わない。そんな姉貴が、泣いているのだ。


 最近は、姉貴の涙ばかり見ている気がする。それだけ姉貴には心配させ通しだったということだろう。


「すまなかった……」


 オレは、姉貴の耳にそう囁くと、彼女をきつく抱きしめる。大きく思えた姉貴の背は、抱いてみると驚くほど小さく細かった。


 この細い肩に、オレはいつも助けられてきた。オレはこの細い肩に重荷を背負わせ過ぎてしまった。


「すまない……」

「バカ……謝んないでよ……」


 オレは、姉貴にオレの存在を刻むこむようにきつく抱きしめたのだった。




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