第103話 娼女

「あぁあああああぁあああぁぁああああああああああ……」


 オレは意味も無い呻き声を上げて目を覚ます。なんだかめちゃくちゃ喉が渇いていた。


「いつつつつつ……」


 ふかふかのベッドから上体を起こすと、途端に頭痛と眩暈が押し寄せる。なんでこんなに頭が痛いんだ?


 周りを見渡すと、天蓋の付いた豪華なベッドに、部屋を飾る調度品の数々が見える。オレの贔屓にしている宿でも、姉貴の部屋でもない。まったく見慣れない部屋だ。


 どこだここは?


「起きられましたか?」


 未だにぼんやりしている頭を働かせようとすると、声がかけられた。若い艶のある女の声だ。


 声のした方を見下ろせば、オレの隣には、「それは着る意味があるのか?」と問いかけたくなるような過激な薄い服を着た少女が横になっていた。


 なんだこれ? どういう状況だ?


 オレの疑問をよそに、隣で寝ていた少女も上体を起こすと、オレにしなだれかかってくる。温かく、まるで骨が無いかのように柔らかい体だ。香水だろう。少女がしなだれかかってくると、ふわりと良い匂いがした。


「あー……。ここはどこなんだ?」


 オレの首に腕をかけてしなだれかかる少女に問いかけると、少女はオレを見上げて、パチクリと目を瞬かせる。


「覚えていらっしゃらないのですか? そうですね。大層お酒を召し上がっていたようでしたし……。ここは、歓楽街にある胡蝶の蜜でございます」

「そいつぁ……」


 胡蝶の蜜っていえば、王都の歓楽街の中でも一二を争う高級娼館じゃねぇか。


 オレはなんでこんなところにいるんだ?


 だんだんと回り始めた頭が、昨日いったい何があったかを思い出していく。


「たしか……」


 昨日は、オレがマクシミリアンを倒した祝宴があったはずだ。王都の冒険者が全員参加したんじゃないかってくらい大いに盛り上がったのを思い出す。


 そしてオレは……。主役ということで、しこたま酒を飲まされたんだったか……。


 祝宴は二次会、三次会、四次会と場所移して行われた。


 その度にしこたま酒を飲まされたんだから、前後不覚になるのも分かる。


「その後は……」


 結局、昼から始まった祝宴は、次の日の朝方まで続いた。そして、四次会の後、残ったメンバーで娼館に突撃したんだったか……。


 残ったメンバーに女性が居なかったからな。クロエたちは、二次会が終わった後に帰らせたんだったかな。オレが酔い潰される前に、冒険者たちにクロエたちの紹介ができたし、一応の目的は果たしたと言ってもいいだろう。


 娼館に突撃したのは、オレをはじめ、残ったメンバーが独身の男が主だったからだ。冒険者なんて命がけの商売をしていると、無性に異性が恋しくなるからな。宴会の締めに娼館に突撃するのは、わりとよくあるケースだ。


「思い出されましたか?」

「あぁ……」


 しまったな。つい、流れに乗って娼館に入ってしまった。


 なぜだか、ものすごくシヤに申し訳ない気がしてくる。べつにオレとシヤは交際しているわけではないから構わないはずだが、なんとなく罪悪感を感じた。


 しかも、よくよく女の姿を見れば、どことなくシヤに似ている気がする。美形ぞろいのエルフの中でも飛び抜けて美しいシヤと比べれば劣るが、エルフと張り合えるほどの美貌。さすがは、王都でも一二を争う娼館の娘だ。しかし、胸はまったく無く、背も小さい。本当に成人しているのか疑わしいまでの幼さだ。


 いつものオレならば、選ばないような娼婦と言ってもいいかもしれない。オレは巨乳好きなのだ。それゆえに、本当はシヤを求めているのが完全にバレバレだった。


「あぅあー……」


 なんだか恥ずかしくなって自分の頭を抱えてしまう。


 マジか……。オレはシヤを求めているのか?


 シヤのことが好きになってしまったのだろうか?


 たった一度抱かせてもらえただけで? 我ながら、単純すぎてビックリだ。


 シヤのことは、文字通り一夜限りの関係。恋人でもなんでもない。オレが気持ちを向けたとしても、シヤにとって迷惑になるだけだろう。


「忘れちまおう……」

「忘れてしまうのですか?」


 独り言に、返事が返ってきた。目の焦点を合わせれば、至近距離に娼婦の少女の顔があった。


 そういやぁ居たんだったわ。独り言を聞かれていたのかと少し恥ずかしい。


「忘れたいことなど、山のようにありますよね……。私もそうです」


 そう言って、儚い笑みを浮かべる少女。


 目の前の少女は、そのスケスケの服が表す通り、娼婦である。少女が自らの意思で娼婦という職に就いたのかは知らないが、この少女にも忘れたいことの一つや二つあるだろう。


「貴方様の手で、忘れさせてくださいませんか?」


 少女は、まるでそれが最初から決まったことであるかのように、次々と服をはだけていく。


 少女は娼婦だ。客に抱かれるのが仕事。少女にとって、それはとても自然なことだったのだろう。


「いや、オレは……」


 オレは、少女の裸体から目を逸らし、言葉に詰まる。


「一緒に、なにもかも忘れてしまいませんか?」


 なにもかも忘れる。そうだ。オレはシヤとのことを忘れなくてはいけない。それに、このまま性欲が溜まれば、クロエたちのことを性的な目で見てしまうかもしれない。


 一度スッキリとリセットする必要があるよな。


 これは、クロエたちに嫌われないために必要なことだ。


「ひゃんっ!」


 オレは自分にそう言い聞かせて、少女の薄い胸に手を伸ばした。

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