第130話 シヤの告白
目の前で悲しげに首をゆるゆる横に振るシヤ。てっきり人間とエルフの寿命の差に嘆いているのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「シヤ、だったらお前は何を恐れているんだ?」
「うむ……」
この話題になると、シヤはどうも歯切れの悪い。よほど言いづらいことがあるらしいが……。エルフと人間の寿命の差以上に言いづらいこととは何だ?
オレとシヤの寿命の差。これだってとても大きな問題だ。オレはどんなに頑張って生きようとしても、必ずシヤを置いて逝ってしまう。オレは旅立つ側だからまだいいが、残されるシヤの悲しみは想像を絶するものになるだろう。
エルフの寿命という永遠にも似た長い時間の中で、オレがシヤと過ごせるのは、ほんの少しの間だけだ。シヤの残りの人生を悲しみに染めてしまうくらいならば、オレは大人しくシヤの提案を聞いた方がいいのかもしれない。
いや、オレこそがシヤの都合のいい間男にでもなった方がいいだろう。その方がシヤの悲しみを和らげることができるとしたら、オレでもシヤのように悩んでしまう。
今からでもシヤに提案した方がいいのではないだろうか?
だが、オレはシヤの間男という立場では我慢ができない。シヤと結ばれたいのだ。たとえそれが、シヤを悲しませるだけでだと知っていても……。
いや、今から卑屈になってどうする! オレは絶対にシヤを幸せにすると誓ったのだ。シヤが後にオレと結ばれたことを後悔しないように、全力を挙げてシヤを幸せにするのだ!
「教えてくれ、シヤ。オレは絶対にお前を幸せにすると誓う! この誓いは絶対だ! お前が後悔することのないように、将来、お前がオレと結ばれて良かったと笑えるように、二人で幸せになろう!」
「…………」
オレは思いの丈をシヤにぶつけた。しかし、すぐにはシヤからの返答は無かった。自分の想いを変えるのは、たしかにたいへんなことだ。オレは、シヤの碧の目を見つめて答えを待つ。
「無理なのじゃ……」
やがて、シヤから漏れたのは、諦めの言葉だった。
だが、オレはめげずに言葉を重ねる。ここがオレたちの将来を決する正念場なのだ。諦めることなどできない!
「なぜ無理なんだ? オレはそれほどまでに頼りにならないか? たしかに頼りないかもしれないが、な。いつまで経ってもウジウジと根暗なのがオレだ。だが、オレはシヤを求めることをもう迷いはしない!」
「…………」
相変わらず俯いて答えがないシヤ。オレは業を煮やしてソファーから立ち上がり、シヤの横に座る。そして、シヤの小さな体を抱きしめる。オレが触れると、シヤの体がピクンッと震えた。
「だから、教えてくれないか? お前の不安を、オレは取り除くことはできないのか? 頼む、シヤ。何がお前の心を諦めさせているのか、教えてくれ!」
オレは、シヤの心の中へと踏み込んでいく。シヤをきつく抱きしめ、囁く。オレを愛していると言ってくれたシヤが、オレと結ばれることを拒む理由。その中核へと手を伸ばした。
「…………なんじゃ……」
どれほど時間が経っただろう。シヤをきつく抱きしめていると、シヤがポツリポツリと話し出す。
「ワシだって、お主と結ばれたい……。じゃが、ワシはお主の愛に応えることができないのじゃ……」
シヤは泣いていた。その宝石のような碧の瞳をきつく閉じて、目尻から大粒の涙が零れる。オレには、シヤが悔しがっているように見えた。
シヤの言うオレの愛に応えることができないというのは何だ? なにを意味している?
おそらくこれこそが、本人は望んでいるというのに、シヤがオレと結ばれることを拒む原因。
「オレはなにかが欲しくてシヤを愛しているわけじゃない。見返りなんて求めないさ」
「じゃが……じゃが……それでは……」
シヤがオレの腕の中で首を横に振った。そして、意を決したようにオレの顔を見上げた。開かれた碧の瞳は涙に濡れてキラキラと輝いていた。
「ワシはの……未熟なのじゃ……」
「未熟……?」
シヤが未熟?
「だが、シヤは『連枝の縁』のクランリーダーとして立派に務めを果たしているじゃないか? オレはシヤを未熟だとは思わない」
「そういう意味ではない。文字通り、ワシは未熟なのじゃよ……」
「どういう……?」
シヤは一気に顔を悲しげに歪ませると、まるで重いものを吐き出すように言葉を重ねる。
「ワシの体を見よ。こんな体では、お主の期待に応えることができぬ……。ワシはの、アベル。まだ女として未熟なのじゃ……」
「そういうことかよ……」
ここまで言われて、オレはやっとシヤの言わんとしていることが分かった。
「ワシが子どもを身籠れるようになるまで、あと100年はかかろう。アベル、お主がどんなにワシのことを愛してくれても、ワシはお主の子どもを授かることはできぬのじゃ……。お主の愛を、生きた意味を、残すことができないのじゃ……」
言っている間にも、シヤの目からは涙が次々と溢れては零れていく。シヤがそのことに、どれだけ負い目を感じているのか、それが分かるような気がした。
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