第144話 イザベルの
「ちょっといいかしら?」
「ん?」
自室に入ろうとしたところで、声をかけられた。振り向けば、黒髪の少女が立っていた。黒いネグリジェを着た虹色の目をした少女。イザベルだ。イザベルは、屋敷の中ではあまりメガネを着けない。レンズにも度が入っているわけではないし、伊達メガネだ。おそらく、その虹色の目を隠そうとしているのだろう。目立つからな。
「どうかしたのか?」
「ええ。お邪魔してもいいかしら?」
イザベルの視線が、オレの部屋へのドアへと向けられる。
「ああ」
オレは自室へのドアを開くと、イザベルを中へと誘った。
「ありがとう」
イザベルはベッドの端に脚を組んで座る。オレは部屋の中の椅子に座った。
「それで、何の話だ?」
オレはイザベルの話の要件が分からず、彼女に訊いてみる。イザベルは、胸の下で手を組んで話し始めた。
その、なんだ……。イザベルの大きな胸が更に強調されるような形になって、目のやり場に困る。
「クロエのことよ。貴方も気が付いているんでしょう?」
「クロエの?」
意外にもイザベルの話の用向きはクロエのことらしい。イザベルとクロエの関係は良好に見えたが、問題でもあるのか?
「クロエが貴方にだけ冷めた態度を取っている理由よ。自覚があるのではなくて?」
「ああ……」
たしかに、最近クロエの態度が冷たい。しかも、オレにだけ。
「気付いていたのか?」
「皆、気付いているでしょうね。あそこまであからさまだもの。貴方に心当たりはないの? 貴方はデリカシーが無いから、なにか言ってクロエを怒らせてしまったのではなくて?」
「いや、それがまるっきりないんだ。オレは思春期なのかと思ってるんだが……。ほら、思春期の女の子は、男親に冷たくなるだろ? オレはクロエの父親みたいなものだから、それで……」
「はぁー……」
オレの話を聞いていたイザベルの目が半目になり、呆れたように盛大に溜息を吐いた。
「本気? いえ、貴方の場合本気なのでしょうね。その話、クロエにはしたかしら?」
「いや、話したのはお前が初めてだが……」
「そう。それはよかったわ。嫌われたくなければ、その話をクロエにはしないことね」
「お、おぅ……」
イザベルの有無を言わせぬ物言いに、思わず頷いてしまう。
「そうね……」
イザベルがベッドの上で脚を組み替える。丈の短いネグリジェの裾からチラリと覗く太ももが白く眩しい。
なぜか、今日はやけにイザベルから女を感じた。相手はクロエと同い年の少女だというのに、オレはなにを考えているんだか。
「貴方に思い当たる点が無いのなら、いよいよ問題ね」
オレはイザベルの言葉に深く頷く。
「そうなんだ。原因が分からないから、オレからアクションを取ることもできねぇ。あまりしつこくクロエに迫るのも悪手な気がするしよ……。手詰まりなんだ……」
「そう。どうにかしたい気持ちはあるわけね」
「当たり前だ。姪に嫌われっぱなしなんて、オレは嫌だぞ」
「貴方にとっては、クロエはあくまで姪なのね?」
なぜかイザベルが、それがとても大事なことのように確認してくる。
「あぁ。クロエは命を差し出しても構わないほど大事な姪だ。もちろんパーティのメンバーのことは大事に思っているぞ? そこに優劣をつけるつもりは無い。お前たちにクロエのために死ねとは言わないさ。差し出してもいい命ってのは、あくまでオレのものだ」
「そう。立派な覚悟とでも言うと思ったかしら? 貴方を亡くした後の私たちの未来は悲惨よ? 真にクロエを、私たちのことを思うのなら、決して死なないで?」
「ああ」
オレだって、好き好んで死ぬつもりは無いし、そんな未来など訪れないように知恵を絞っている。あくまで、それだけクロエのことを大事に思っているという比喩表現だ。
「なんだか少し暑くなってきたわね……」
そう言って、イザベルがおもむろにネグリジェのボタンを上から外し始める。イザベルの白い胸元が露わになり、胸の谷間まで見えていた。
なんだか今日のイザベルは変な気がする。どうしたってんだ?
胸元をくつろげたイザベルは、オレを観察するように見つめてくる。そして、なにかを確認すると、諦めたように溜息を吐いた。
「はぁ……。私からそれとなくクロエに訊いてみましょうか?」
「え?」
「だから、クロエが貴方を避けている理由よ。直接、私がクロエに訊いてみるの」
「それは助かるが……いいのか?」
たしかに、イザベルがクロエに訊いてくれるなら、オレが直接クロエに訊くよりも当たりが柔らかいだろう。
「貴方たちの状態をこのままにしてダンジョンに潜るなんて危険だわ。不安要素は少しでも減らすべきではなくて?」
「たしかにその通りだが……」
イザベルに言われることで、オレは自分とクロエがパーティの不安要素になっているのだと自覚した。たしかに、不安要素は取り除く努力をするべきだ。
パーティを教え導く立場であるはずのオレが、パーティの不安要素になっているというのは恥ずかしいが、イザベルの言はもっともだった。
「じゃあ、すまないが頼めるか?」
「ええ。任せておきなさい」
前々から頼りになると思っていたイザベル。だが、この時は一回り大きくなったようにも感じるほどだった。
そして、オレはふと気が付く。これが人に頼るということか。
「それじゃあ、今日はこれでお暇するわ。これ以上は意味が無いみたいだし」
イザベルが、よく分からないことを言って、腰かけていたベッドから立ち上がる。ここはオレの身に付けたスキルの見せどころだろう。
オレは椅子から立ち上がると、イザベルのために部屋のドアを開いてみせた。女性の扱いなど、とんと分からないオレだが、こうして気を遣うことくらいはできるのだ。
イザベルはドアを通る時、オレの顔見上げて口を開く。
「ありがとう、甲斐性なしさん」
「ん?」
オレの疑問など聞こえないとばかりにスタスタと廊下を去ってしまうイザベル。甲斐性なしって何だよ?
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