第97話 鳥籠

 キンッ!


 全てがスローに見えるほど濃密な時間がついに終わる。宙を舞った金貨は、処刑広場の石畳に叩きつけられ、涼やかな音を立てた。その瞬間――――ッ!


「“ショット”!」


 ダンッ!!! ダンッ!!! ダンッ!!! ダンッ!!!


 オレは即座に収納空間を展開し、ボルトを吐き出す。マクシミリアン目がけて飛翔するのは、100発のボルトが4組。合計400発ものボルトの暴虐だ。


 マクシミリアンは先手を譲るなどと言っていたが、そんな甘言に惑わされるオレじゃない。最初から全力でマクシミリアンを討ち取るつもりだ。マクシミリアンが、嘘を吐く可能性もあるからな。


「ほう?」


 しかし、マクシミリアンは、もはや嵐と呼ぶのも烏滸がましいほどのボルトの群れを前に、平常心だった。多少眉が吊り上がった程度で、動きが無い。


 どうやら、マクシミリアンは、本当にオレに先手を譲ったようだ。そのどこまでも傲慢な態度。後悔させてやる!


 オレの思いを受けたボルトが、ついにマクシミリアンへと到達する。


 バキュッ! ブシユウウウウウウウ!


 マクシミリアンの体を穿ち、引き裂き、骨を砕き、血肉を弾き飛ばすボルトの大群。一瞬だ。一瞬でマクシミリアンの体は、原型を留めないほどの肉塊となり果てる。


 普通なら致命傷を通り越して即死のはずだ。丹念に極太のボルトによって穿たれたマクシミリアンの体は、ミンチよりもひどい有様だ。こんな状態で、人が生きているわけがない。だが――――。


 バチッ!


 どこかで空気の弾けるような鋭い音が響く。


 バチッ! バチバチッ!


 マクシミリアンの体からだ。マクシミリアンの体が、まるで空気に溶けるように消滅し、代わりに現れたのは白い圧倒的な輝きだ。


 雷球とでも表現するべき大きな雷の球体。それが徐々に人型に形作られていく。現れたのは、今、最も出会いたくない相手、マクシミリアンだった。


 グズグズになって転がっていたマクシミリアンの肉の体は既に消え失せ、今は雷の体となったマクシミリアンがオレと対峙している。


「クソがッ!」


 こうなるだろうという予想は立っていた。しかし、実際に目にすると、まるで悪夢のようだ。


「そう悪態付くなよ、寄生虫。貴様がこれだけの力を秘めているとは、少し驚いた。私にこの力を使わせるとは、予想外だったぞ」


 そう言って、余裕の笑みを見せるマクシミリアン。その雷の体には、傷一つ無いどころか、確かに破壊したはずの装備まで復活していた。


 最悪な光景だ、クソッタレ!


 マクシミリアンは、雷だ。どんなに体が傷付き、たとえ体の一部を失っても、その身を雷にすれば、全て元通り。これがマクシミリアンの強さの秘密だ。マクシミリアンが単独でダンジョンを攻略できる最大の理由。


 そして、マクシミリアンの強みはそれだけではない。


「さて、約束通り一手譲ってやったことだ。そろそろ終いとしよう」


 バンッ! バチバチッ!


「ッ!?」


 マクシミリアンが右手をこちらに向けた瞬間、瞬きする暇もなく、オレは雷の鳥籠に囚われていた。


 雷の早さというとんでもない早さで展開されるマクシミリアンの攻撃に、オレは全く反応ができなかった。もし、マクシミリアンにその気があれば、オレはこの一撃で終わっていただろう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 激しい運動をしたわけでもないのに、オレは肩を上下させて、雷でできた鳥籠の中で荒い息を吐いていた。手の震えと冷や汗が止まらない。


「これで、貴様は鳥籠の中の囚われの小鳥だ。寄生虫から昇格したぞ? 喜びたまえ。まぁ、喜んだところで次で終わりだがな」


 バチバチッ! バチバチバチバチッ!


 オレを取り囲んだ鳥籠の屋根に雷の玉が出現し、激しくバチバチと音を立てる。おそらく、マクシミリアンはこの狭い鳥籠の中を雷で貫くつもりだろう。鳥籠も雷でできている。触れば感電死するだろう。逃げ場は無い。


「これで終わりだ。消し飛べ、寄生虫!」


 ドゴォンッ!!!


 ついに鳥籠の屋根に蓄えられた雷が降ってくる。その時、オレは――――ッ!


「収納ッ!」


 オレは、オレにできる唯一のことで、マクシミリアンの雷に対抗する。どこまでいっても、オレには【収納】しかできない。ならば、これに賭けるしかないのだ。


 降ってくる雷の激しい光を見上げていたオレの視界が、突如として真っ黒に染まる。光をも飲み込む収納空間の闇だ。オレは、まるで傘のように収納空間を展開し、マクシミリアンの雷を防いでいく。


 意外なことに、音も衝撃も感じはしなかった。ただ、気が付いた時には、オレを貫こうとしていた雷も、オレを囲んでいた格子状の雷も消えていた。オレを捕えていた鳥籠の消滅だ。


「なん、だと……ッ!?」


 砂煙の向こう、オレに向けて右腕を振り下ろしてドヤ顔で立っていたマクシミリアンが、驚愕の表情を浮かべてオレを見ていた。


 余程、オレの生存が予想外だったのだろう。隙をさらしているマクシミリアンに対して、オレはなにもしない。オレの手札である“ショット”も“カット”も、雷状態のマクシミリアンに対しては有効打にならないためだ。


 その代わりにオレは口を開く。




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