第45話 エルフの話

「ワシはギルドに用があるし……さて、どうするか……」


 オレの前でシヤが腕を組んで小首を傾げる。そんな何気ない仕草も絵になるような美しさだ。思わず見惚れてしまう。ただ美しいのではない。シヤの場合、その外見の幼さからか、かわいらしさも感じる。美しさも感じるし、無論綺麗だと断言できる。それでいて、少女らしいあどけないかわいらしさも感じた。


「マイヤ、すまぬが、こ奴の面倒を見てやってくれ。絶対に逃がす出ないぞ。その間に、ワシは用事を終わらせてくる」


 シヤが後ろに控えるように佇むエルフの姉ちゃんの1人に命じた。


「かしこまりました」


 命じられたエルフは恭しくシヤに頷いてみせる。まるで、明確な上下関係があるようだった。一見、大人のエルフがシヤの保護者のように見えるのだが、シヤの方が偉いらしい。


 まぁ、シヤは幼い外見をしているが、こう見えてオレより確実に年上だし、エルフたちの作るクランのマスターだからな。オレの想像以上に偉いのだろう。


「うむ。では、行ってくる。アベルよ、勝手に帰るでないぞ」

「ああ……」


 シヤの奴はオレに用事でもあるのか? なぜか、オレは帰ってはいけないらしい。まぁ、もうしばらく夜風に涼んでいたかったから、べつに構わないが……。


 シヤが後ろにエルフの姉ちゃん1人を引き連れて、ガヤガヤとやかましい冒険者ギルドの中に入っていく。残されたのはオレと名前も知らないエルフの姉ちゃんの2人だ。いつもならオレが気を遣って話を振るところだが、今はとんでもなく怠い。他人に気を回すの億劫だ。


 オレは、ぼーっと大通りの賑わいに視線を向ける。しばし沈黙が訪れるが、それはすぐに破られた。


「お初にお目にかかります。わたくしはマイヤと申します。貴方様がお噂のアベル様ですね?」


 沈黙を破ったのは、オレの監視に残ったエルフの姉ちゃんだった。それにしても、なんとも仰々しい物言いだな。自分が大人物なのかと勘違いしちまいそうだ。


「噂? ろくな噂じゃないだろ? あと、様付けなんてよしてくれ。ただのアベルでいい」

「かしこまりました」


 オレの噂なんてろくなものじゃないのは、オレ自身がよく分かっている。パーティを三度も追放されるような間抜けの噂がまともなわけがない。きっとボロクソに言われているだろう。


 だというのに、エルフは気位が高い奴が多いと聞くのだが……この姉ちゃんは驚くほど丁寧に接してくれるな。傷心中だから優しくしてくれているのだろうか?


「貴方の噂についてですが、好意的なものがほとんどですよ。詳しくは申し上げられませんが、エヴプラクシヤ様のこともありますから」

「エブプ……?」


 耳馴染みのない単語だが、たしかシヤの本名だったか……?


 なぜ、オレの噂が好意的なことにシヤが関係してるんだ?


 オレの疑問を感じ取ったのだろう。エルフの姉ちゃんが口を開く。


「これ以上わたくしの口からは……。ここから先は、エヴプラクシア様に直接お尋ねした方がよろしいでしょう。わたくしも馬に蹴られたくはありませんので」


 そう言って、オレに柔らかい笑みを見せるエルフの姉ちゃん。


 なぜだか、エルフの姉ちゃんは、オレが噂が好意的な理由を教えてくれなかった。シヤが関係しているらしいが……。馬に蹴られるってのはどういう意味だ? エルフ特有の言い回しか?



 ◇



「終わったぞー」


 しばらくして、冒険者ギルドのスイングドアを揺らしてシヤが姿を現した。お付きのエルフの姉ちゃんも一緒だ。


「相変わらず、泣きそうな顔をしとるの……」


 シヤがオレの顔を覗き込むように見ると、眉尻を下げて困ったような笑みを浮かべる。シヤには、オレが泣きそうな顔をしているように見えるらしい。そんな自覚は無いんだがなぁ……。それとも、自分でも気付けていないだけか?


 あぁ……なんだか、なにもかもが億劫だ。このまま寝てしまいたい。


「まったく、しょうのない子よな。お主もこ奴の面倒、大儀であった」

「もったいないお言葉です」


 シヤが顔を上げて、オレを監視していたエルフの女を労う。エルフの女は、シヤに恭しく礼をするのが見えた。いちいち態度が大袈裟なのは、このエルフの女のクセなのだろうか?


「さて、お主らはもう帰ってよいぞ。あとはワシがこ奴の面倒を見るでな」


 そう言って、オレの肩に手を置くシヤ。面倒を見るって、シヤは何をする気だ? オレは考えを巡らそうとするが、酒に酔った頭はまるで働いてくれなかった。もう考えることを拒否しているみたいだ。このまま寝てしまいたい。


 シヤの様子に、2人のエルフの女は、顔を見合わせた後、頷いた。


「しかしそれは……」

「わたくしたちもご同行いたします」


 2人のエルフの女からしたら、未だ幼い外見のシヤを、もう真夜中と言ってもよい時間に放り出すのは心配なのだろう。


「ならぬ! もそっと察せぬか。お主たちも馬に蹴られたくはあるまい?」


 しかし、シヤは譲らない。なぜか頬を赤らめて2人のエルフを追い返そうとするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る