第22話 切り裂く闇
「はぁ!? どうなってやがる!?」
俺、クロヴィスは、わけが分からず冒険者ギルドの受付嬢に問い返した。
「で、ですから……『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者は居りません……」
俺の怒声に恐れをなしたのか、受付嬢が震えながら答える。しかし、その言葉は俺の望んだものではなかった。沸々と怒りが込み上げてくる。
「てめぇ、ナメてんのか?!」
「ひっ……」
もう一度怒鳴るように問うと、受付嬢の口から小さく悲鳴が漏れた。その顔は血の気が失せたように白くなり、唇が紫になっている。目は充血して赤くなり、目尻には今にも零れそうなほど大きな涙の粒が見える。
受付嬢の恐怖に強張らせた顔を見て、俺の溜飲が少し下がる。前から冒険者ギルドの連中は気に喰わなかったが、これだけ脅せば少しは俺たちを見る目も変わるだろう。
ギルドの連中は、アベルばかり贔屓して、俺たちのことをまるで評価しない。あんなマジックバッグにも劣るハズレギフトしか持たない奴のどこがいいんだかな。アベルはポーターでしかない。ただの荷物持ちだ。パーティの主力は、実際に戦ってる俺たちのハズなのに、アベルばかりが評価される意味が分からねぇ。
「それで? 本当は何人参加希望が来てるんだ?」
今度は優しく受付嬢に問い質す。もうナメた口はきかねぇだろう。
「あの……、本当に参加希望が来ていないんです。信じてくださいッ!」
涙を拭って訴える受付嬢の姿に嘘は見えなかった。マジか? マジで『切り裂く闇』へのパーティ参加希望者が0だって言うのかよ!?
「んなバカな話があるかっ!!!」
俺は苛立ちを込めてカウンターテーブルを叩いた。テーブルがミシリッと音を立てるほど全力だ。
このアマ、まだ俺のことをナメてんのか?!
「いいか! よく聞けよ! 俺たちはレベル6ダンジョンを制覇した『切り裂く闇』だぞ! 若手じゃ頭一つも二つも飛び抜けてるビッグネームだ! なんで新進気鋭の俺たちのパーティに入りたい奴が居ねぇんだよ! おかしいだろ!!!」
普通に考えりゃ、選ぶのもたいへんなほど大量に集まるはずだ。それが0なんてありえない!
「クロヴィス、こちらへ来るがよい」
もう一度受付嬢を分からせてやろうと口を開こうとすると、腕を掴まれて後ろに引っ張られた。セドリックの声だ。
「なぜ止める?!」
後ろを向いて、巨漢のセドリックに噛み付くように吠える。
「そうだね。これ以上はマズイ。まずはこっちに来なよ」
ひょろっとした黒いローブ姿のジェラルドも俺を制止する。マズイ? いったい何がマズイってんだ? 俺たち『切り裂く闇』が冒険者ギルドにナメられている方がマズイだろ!
「左様。これ以上は看過できぬ。周りを見てみるがよろしい」
周り? グラシアンの言葉に周りを見ると、険しい表情をした冒険者たちと目が合った。言い直そう。冒険者たちの表情は、険しいを通り越して、俺を蔑みの視線で見ていた。なんだってんだ!?
「旦那、ここはちと状況がわりぃ。頭冷まして向こうで話し合おうぜ」
「おう……」
周りの冒険者の視線に気圧されるように、俺はジョルジュの言葉に頷いてしまった。クソッ! なんて惨めな気分なんだ!
◇
場所を変えて、俺たちは冒険者ギルドの食堂で顔を突き合わせていた。
「なんなんだよアイツら?! 俺をバカにしやがって!」
受付嬢に周りの冒険者ども、アイツらは間違いなく俺をバカにしている。一度は矛を収めたが、未だに俺の腸は、沸々と煮えくり返っていた。
「怒りは分かるが、今は落ち着くのだ。怒っても事態は好転せぬぞ」
今はセドリックの正論にも腹が立つ。だが……。
「はぁー……」
口から熱い息を吐き、怒りを収めるように努力する。不満を飲み込み、聞く耳を持つ。パーティを導くリーダーには必須の技能だ。そう俺に教えたアベルの影がチラつき反吐が出るが、使えるものはなんでも使う。それが冒険者だ。
「それで? なんで俺を止めたんだ?」
「お主も見ただろう? あの冒険者どもの目を。あのままでは我々が悪者になる」
「ケッ。悪名が怖くて冒険者なんてやってられるかよ。あのナメた態度の受付嬢をシバいた方がよかったんじゃねぇか? 冒険者ギルドも目を覚ますだろうよ」
俺はセドリックを鼻で嗤うと、今度はジェラルドが口を開く。
「あの受付嬢が嘘を言っていないとしたら?」
「どういうことだ?」
明らかに嘘を吐いているあのアマが、嘘を吐いていないってのはどういう了見だ?
「アベルだ」
ジェラルドの呟いた名前に、俺は反射的に顔を顰める。できればもう一生聞きたくない名前だ。
「僕たちはアベルの影響力を低く見ていたのかもしれない。考えてみれば、あんな無能がレベル8になれるなんておかしな話だろ? そのぐらい冒険者ギルドに強い影響力を持っているんだ。そして、アベルは僕たちのことを憎んでいる。もう分かるだろ?」
「そういうことかよ……。腐っていてもレベル8ってか……」
アベル、どこまでも俺たちの邪魔をする奴だ!
「どういうこった?」
「アベルの野郎の妨害に遭ったのさ。アイツが裏で手を回して、冒険者ギルドへの俺たちの依頼を握り潰したんだ!」
まだ事態を飲み込めないジョルジュに、俺は端的に言って聞かせる。
「これからどうする?」
「決まってるさ!」
俺は不安な顔を浮かべたグラシアンに強気に答えた。
「いいか? 冒険者ギルドはもう役に立たない。アベルの野郎の妨害に遭うからな。敵と言ってもいい」
俺は一人一人を顔を見て言う。セドリック、ジョルジュ、ジェラルド、グラシアン、皆の顔には不安、そして不満の色が見えた。そうだ! これ以上アベルの野郎の横暴を許しておけねぇ!
「追加の人員は、集まらねぇと思った方がいいだろう」
本当なら、アベルよりもよっぽどマシな新メンバーを加えて、更なる飛躍をするハズだったのに。あの野郎、絶対許さねぇ。
「ではどうする?」
セドリックが俺に問いかけてくる。
「俺たちは……」
『最後に一つ。次にダンジョンに行くなら、レベル5のダンジョンに行くといい。そこで自分たちの実力を確認しておけ』
俺はアベルの言葉を振り切って断言する。
「俺たちは、レベル7ダンジョンを攻略する! 冒険者ギルドが、周囲の冒険者たちが、俺たちを侮るのは、レベル6ダンジョンの制覇がアベルの手柄にされているからだ! 俺たちは、アベルが居ないとなにもできないと思い込まれている! まずはその腐った現実を蹴散らすぞ!」
そうすりゃ、冒険者ギルドの連中も考え直すだろう。俺たちとアベル、どっちが有能かな!
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