第48話 キール

「ふぁあ……」


 朝日が黄色く眩しい。シヤを『連枝の縁』に送り届けた帰り。オレはあくびを噛み殺して、もう昼間に近い王都の大通りを歩いていた。


 それにしても……。


「シヤか……」


 アイツの狙いは何だったんだろうな? 相手は仮にも老舗巨大クラン『連枝の縁』のクランリーダーだ。そんな奴が本当にオレを元気付けるためだけに体を許したとは思えない。なにか裏があると見るべきだろう。


 しかし……女に恥をかかせるなとはいえ、さすがに求め過ぎた。俺自身も気付かぬところで心に傷を負っていたのか、シヤに縋るように、あるいはシヤに不満をぶつけるように、何度も何度も日が昇ってからも抱いてしまった。


 シヤの反応が予想以上にウブで、滾ったのも原因だろう。相手はオレより年上だし、血は出てなかったから処女ということないだろうが……まさか演技だったのだろうか?


 ありえるな。相手は幼く見えるが年齢不詳のエルフ。余程気を使われたのか、なんなのか……。とりあえず、借り1だな。


 いくら酔って思考力が落ちていたとはいえ、まさかシヤに借りを作る日が来るとは……。対価に何を求めてくるのか知らないが、厄介な種を蒔いちまったもんだ……。


「まさか、本当にオレをクランに入れようとしているとか……?」


 シヤがオレを『連枝の縁』に誘ったことは記憶に新しい。リップサービスの類と思ったが……まさか、な。


 シヤはまだ、オレのことを、単なる物を収納できるギフト持ちとしか認識していないはず。オレがギフトの新たな能力を発見したとは知らないはずである。


 しかし、タイミングが良すぎて、シヤを疑ってしまうのを止められない自分がいる。もし、シヤがオレのギフトの新たな能力を知ったとしたら、自身の体を使った強引な勧誘もありえるかもしれないと思ってしまったのだ。


「まぁ……無いか」


 オレはシヤのギフトを知らない。だが、もしシヤが他人のギフトの能力が分かるという【ギフト鑑定】のギフト持ちだとしたら、もっと有名になっているはずである。おそらく、オレの考え過ぎだろう。たぶん。


「たしか、こっちだったな……」


 なんとも無駄な考察を巡らせていると、いつの間にか周りの景色は一変していた。王都の華々しい大通りの気配は消え失せ、煤と鉄が支配する武骨な雰囲気の小道。オレはその奥へと進んでいく。


 熱気が籠り、鉄を鍛えるハンマーの音が絶えず聞こるここは、通称、職人街と呼ばれる王都の一画だ。オレは規則正しく刻まれるハンマーの音を頼りに、区画整理もされていないヨレヨレの道を歩いていく。


「あった、あった」


 オレはお目当ての古びた鍛冶屋を見つけると、ノックもせずにドアを開ける。ノックなんてしても聞こえないしな。ドアを開けた瞬間、鉄を鍛えるハンマーの音が一層高らかに響き、もあっと火傷しそうなほどの熱気を感じた。


 鍛冶屋の中は、狭い部屋に、小さなカウンターテーブルが一つあるだけの極めて質素な造りだった。商品が飾ってあるわけでもなく、カウンターテーブルの向こうに、さらに奥へと向かうドアが開け放たれているだけだ。


「おーい! キール! おーい!」


 オレは大きく声を張り上げながら、カウンターテーブルに置かれた大きなハンドベルをガランゴロン鳴らす。


「ちょっと待っていてくれー!」


 開け放たれたドアの向こうから、ハンマーの甲高い打撃音に混ざって聞こえるのは、怒鳴っているというのに、なんとも典雅な響きを持った声だった。


「おう!」


 オレは店の店主に知らせが届いたことを知ると、ハンドベルをカウンターテーブルに置き、部屋の隅に置かれた椅子へと腰かける。


「ふぃー……」


 大して運動もしていないというのに、椅子に座った瞬間、腰が蕩けそうになる。いやまぁ、腰は使ったけどよぉ……。


 シヤの艶姿が脳裏に浮かんだ瞬間、カウンターテーブルの奥のドアをくぐって、一人の絶世の美男子が顔を出した。その顔や服や煤まみれに汚れているというのに、彼の美貌は少しも陰りが見えない。相変わらず、ものすごい色男っぷりだな。さすがはエルフだ。


「よお、キール。邪魔してるぜ」

「やはりアベルだったか。今日はどうしたんだ?」


 キールはカウンターテーブルの向こうに腰を下ろすと、深い息を吐いていた。鍛冶仕事で疲れているのだろう。オレの目の前に居るキールこそ、世にも珍しい王都でもただ一人のエルフの鍛冶屋だ。ちなみに、昔は一緒にパーティも組んだこともある。昔、命を預けあった仲だからなのか、オレとキールは今でもとても気安い仲だ。


「キールに、ちと頼みたいことがあってな」

「ふむ。また難題ではないとよいのだが……」


 そう言って、肩をすくめてみせるキール。コイツは羨ましいくらい絵になるな。


 オレは、鍛冶屋であるキールに、直接武器や防具を依頼することが多い。間に商会が入ると、その分値段が高くなるし、オレの注文するものは特殊なものが多いのか、冒険者用の商会でも取り扱っていることが少ない。


 だから、オレは直接キールに注文しているわけだ。オレ愛用のヘヴィークロスボウを作ってくれたのもキールだし、最近はクロエのメイン武器であるスティレットも作ってもらった。オレの最も信頼する職人の一人だ。

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