第47話 火種
「クロエー! ご飯よー!」
「あい~……」
寝室のドアを貫通して聞こえるママの声に返事をしながら、あたしはベッドの上で体を起こした。そうだった。あたし、冒険から帰ってきて、ご飯ができるまでの間、横になってたんだった。
「んぐ~……」
腕を中途半端に上げて、ベッドに座ったまま背筋を伸ばすと、ポキポキッと小さく音を立てた。それだけのことで、体が浮き上がりそうなほど軽くなった気がする。気持ちいい。
「はぁ……」
腕を下すと、途端に重力に捕まったように体が重くなる。すごく疲れているわけじゃない。でも、じんわりと重たくなるような鈍い疲れを感じた。
軽く仮眠を取ったけど、まだまだ疲れが残っている。きっと体の芯の方が疲れているのだろう。今回の冒険は、長かったからね。
今回の冒険の目的地『ゴブリンの巣穴』は、レベル2のダンジョンだったけど、すっごく緊張した。だって叔父さんが見てるんだもん。少しでもいいところを見せたくて、少し空回りしていたかもしれない。
それに、ダンジョンボスのホブゴブリンたちは純粋に強かった。今更レベル2のダンジョンで得るものがあるのか心配だったけど、良い意味で予想を裏切られた。いろんな武器を使ってくるし、エルもジゼルも勉強になったと言っていた。
今回、『ゴブリンの巣穴』に行こうと言い出したのは、叔父さんだった。さすが叔父さん。あたしたちの実力を見抜いて、最適なダンジョンに連れて行ってくれたのだと思う。噂では、叔父さんはこの王都の全ての冒険者の動向を把握しているらしいし、あたしたちのこともとっくの昔に知っていたのだろう。
やっぱり叔父さんはすごい! さすが王都でも3人しか居ないレベル8冒険者!
「よっと」
あたしはベッドから飛び降りると、髪を手櫛で整えながら寝室のドアの前に立つ。そして、自分の体を見下ろして、おかしなところがないかチェックする。今日も叔父さんが家に来てくれるかもしれないから気は抜けない。
「よしっ」
いつも着ているワンピースを叩いて埃を飛ばすと、あたしはゆっくりと寝室のドアを開けた。あたしなりにおしとやかな女の子を演じているのだ。
しかし、扉の向こうにはママが居るだけで、叔父さんの姿は無かった。家は狭いから隠れる場所なんて無い。ひょっとして今日は来ないのかな?
「ママー? 叔父さんは?」
「アベルなら今日は来てないわよ。ほら、ちゃっちゃと食べるわよ」
「はーい……」
今日は来てくれる気がしたんだけどな……。あたしはアテが外れて残念な気持ちになりながらテーブルに着く。
「あー……」
テーブルの上に並んでいるのは、いつもの通り、豆のスープと黒パンだ。黒パンは酸っぱいし、豆のスープは塩をケチってるから味が薄いし、作ってくれるママには悪いけど、正直あまり好きではない。
叔父さんが来てくれたらおいしいもの食べれるのに……。
あたしは、二重に悲しみを背負いながら黒パンへと手を伸ばした。
「それで、今回はどうだったの? 危ないことはなかった?」
千切った黒パンをスープに浸していると、ママがあたしを真剣な目で見ながら訊いてくる。冒険から帰ってくるといつもこうだ。心配してくれるのは嬉しいけど、毎回訊かれるとちょっと面倒に感じてしまう。
「大丈夫よ。今回は叔父さんも居たもん。心配ないってば」
「それはそうだけど、今回は10日以上も出かけていたでしょう? あんたも帰って来るなりベッドで寝ちゃうし、それだけ疲れちゃったんでしょ? アベルに無理はしないように言っておこうか?」
あたしは急いで首を横に振る。それじゃダメだ。叔父さんに、仲間に迷惑はかけられない。
「いいってば! あたしは大丈夫だから。叔父さんが言ってたけど、あたしたちには体力が足らないんだって。たぶん、今回の冒険もあたしたちの体力を鍛える目的もあったと思う。だから疲れているだけよ」
「ならいいけど……」
ママは相変わらず心配そうな目であたしのことを見ていた。一人娘が心配なのは分かるけど、ママは心配性過ぎるのよね。もうちょっとあたしと叔父さんのことを信用してほしい。
「はぁ……」
早くママの心配しなくなるような実力を身に付けたいわ。あたしはそう思いながらスープに浸した黒パンを食べるのだった。
あんまり美味しくない……。
叔父さんは稼ぎよりもあたしたちの実力が身に付くように計画を立ててるみたいだけど、やっぱり早く自分で稼げるようになりたいわ……。まぁ、実力を身に付けて着実に進んだ方がいいのは分かってるんだけど……硬い黒パンを食べていると、お金の大切さが身にしみてわかる気がした。
叔父さんといえば……。叔父さんはいつになったらあたしにプロポーズしてくれるんだろう?
あたしももう成人したし、大人になったのだからそろそろだと思うんだけど……。なにも言ってくれないとちょっと不安になるわね。この間なんて、あたしの前だというのにイザベルに「エルフのように綺麗だ」なんて歯の浮くようなセリフを吐いていたし……。
浮気は絶対に許さないんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます