第8話 五花の夢②
オレは握手をしたままジゼルと見つめ合う。ジゼルはオレから目を逸らさない。やはりこの少女、気が強いようだ。剣を佩いているのだから、おそらく剣で戦うのだろう。前衛には、これぐらい気の強い奴の方がいい。
この少女は伸びるな。
そんな直感を感じていると、オレとジゼルの握り合った手に、軽く手刀が落とされる。
「もうっ! 2人ともなに見つめ合ってるのよ! ほらっ! 離した離した!」
クロエが、オレとジゼルの間に入るようにして割って入ったのだ。
「なーにクロクロ、妬いてるのー?」
「そんなんじゃないったら! もうっ!」
ジゼルのからかうような声に、クロエがふんすっ! と鼻息荒く言い返す。クロエも本気で怒っているわけではない。ただの少女同士の戯れだろう。
「もう、ジゼルったら。次よ、次っ! 次はエルね」
「はぁい。わたくしがエレオノールですぅ。よろしくお願い致しますねぇ」
「アベルだ」
ちょこんと紺のロングスカートを摘まんで、ゆったりとカーテシーを披露するエレオノールに、右手を伸ばす。
間延びした声がそうさせるのか、なんだかゆったりした落ち着きのある少女だ。緩くウェーブのかかった豊かな金髪、博愛の情を感じさせる優し気な垂れ目の青い瞳。エレオノールから差し出された手は、オレなんかが触れていいのかと思うほど細く柔らかい。エレオノールの手の感触に、オレも慎重に手を握り返す。そんなことはないと分かっているが、下手したら壊れてしまいそうで怖い。しかし、でかいな……。
どこがとは言わないし、視線も向けたりしないが、その存在感は圧倒的だ。高価そうな白のブラウスを押し上げて、窮屈そうにしているのが視界の端に映る。正直、視線がそちらに行かないようにするのに精一杯だ。
しかし、このブラウスもスカートも、先程のジゼルやクロエに比べると、服装が随分と違う。どこかのお嬢様かと思うくらい上品な仕立てだ。きっと、どこかの金持ちの娘だろう。まさか、貴族のご令嬢なんてことはないよな……? クロエはどこでこんな女と知り合いになったんだ?
「はい! 次よ、次々!」
「あらぁ~」
またしてもクロエが、オレとエレオノールの間に入ってくる。自己紹介くらい手短に済ませたいのだろう。オレも賛成だ。
「次はイザベルよ」
「貴方があの“育て屋”アベルね。私はイザベル。よろしく」
「ほぅ」
どうやらイザベルはオレのことを知っていたらしい。オレの二つ名まで知っているのだから、他にもいろいろと知っているのだろう。
尻を隠すほどある黒いロングヘアー。丁寧に梳かしたのだろう。その長い黒髪は真っすぐと伸び、ツヤツヤに輝いている。同色の綺麗に整えられた眉の下には、不思議な双眸があった。
「精霊眼か……」
「ッ!?」
オレの呟きに、イザベルが驚いたようにビクリと大袈裟に反応する。その大きく見開かれた黒い瞳は、まるで油膜を張ったように虹色に輝いて見えた。
【精霊眼】とは、本来、人の目には映らないはずの精霊の姿が、その瞳に映るようになる特別なギフトの名だ。
極稀にエルフやドワーフなど、精霊と共に暮らす種族に与えられるギフトのはずだが……。なんの間違いか、人間のイザベルにも与えられたようだ。もしかしたら、歴史上初めてのことかもしれない。
ん? イザベルは人間だよな? もしかすると、ハーフという可能性もあるか?
一度イザベルを頭のてっぺんから足のつま先までよくよく観察する。
キラリと輝く輪を浮かべる黒髪の下にあるのは、エルフと見間違うばかりの端正に整った顔立ち。耳は尖ってないが……エルフとのハーフか? しかし……胸を見ると、薄汚れた布地がエレオノール程ではないが大きく膨らんでいるのが分かる。
エルフの女は、貧乳と呼ぶより無乳と呼んだ方が正しいほど胸が無い。ハーフエルフでもその特徴は変わらず、純血のエルフよりはあるが、よく発育してやっと貧乳と呼べる程度だ。これほど大きな胸のハーフエルフは見たことが無い。
となると、ハーフドワーフか? しかし、イザベルの身長は人間の女の平均くらいある。ハーフドワーフでは無理があるほどイザベルの身長は高い。ボロの靴を見る限り、盛ってるわけじゃなさそうだ。
となると、やっぱりハーフエルフだろうか? しかし、それだと胸の大きさが矛盾する。
じゃあ人間かとなると、歴史上初めての【精霊眼】のギフトを賜った人間ということになるが……そんな人間に出会うなんてどんな確立だよ。まだ胸が異常発達したハーフエルフという可能性の方が高いだろう。その可能性も随分と低いが……。
その時、オレの脳裏でなにかが繋がったような感じがした。まさか、盛ってるんじゃないだろうな……?
イザベルの大きな胸さえなければ、ハーフエルフということで納得できるんだ。もし、その胸が偽装されたものだとしたら?
エルフの胸はまったく無い。無乳だ。実はハーフエルフであるイザベルも、胸の小ささに劣等感を抱いていたのでは?
そして、その劣等感が爆発し、胸を巨乳に偽装しているとしたらどうだ?
ありえるな……。
少なくとも、歴史上初めての人間や胸が異常発達したエルフに出会う確率より余程高い。
これしかないな。
オレは確信を込めてイザベルに問う。
「その胸は詰め物だな?」
「……人のことジロジロと見ておいて、開口一番それってどうなのかしら?」
イザベルが憤怒も生ぬるいとばかりにオレを怖い顔で睨んでいた。
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