第52話 やっかみ?
「じゃあな、イザベル。おっさんたちもじゃあな!」
「じゃあな」
「失礼します」
「おう、じゃあな。また会おう」
ギュスターヴたちとの別れ際、軽く手を挙げて別れを告げる。ギュスターヴはオレたちを見渡すと、ニカッと白い歯を見せて屈託のない笑顔を浮かべてみせた。
「また会う時までには、俺たち『制覇の誓い』をビッグネームにしてやるぜ! お前たちもがんばれよ! 俺たちは上で待ってるぜ!」
ギュスターヴなりの激励といったところか? 若者らしく強気で挑戦的だ。冒険者は、これくらい気の強い方がいい。まだ少し話しただけだが、ギュスターヴは真っすぐな少年なのだろう。言葉に嫌味が無い。爽やかささえ感じるほどだ。
しかし、イザベルにとってはそうではなかったらしい。ムッとした表情で一歩前に出ると、ギュスターヴを睨みつけるように口を開く。
「驕れる者は久しからず。貴方たちも、私たちに抜かれないように気を付けることね」
随分と棘のある言いようだな。イザベルはギュスターヴのことが嫌いなのか?
「おう!」
しかし、ギュスターヴは気にした様子もなく、ニカッと笑うと手を振って行ってしまった。
「もうっ。なんなのよ、アイツは……!」
イザベルが、珍しく感情を露わにしていた。
「お姉、さ、ま……」
そんなイザベルのお尻に抱き付いていたリディが、イザベルの顔を見上げて不安そうに呟いた。
「ごめんなさい、リディ。なんでもないわ」
イザベルがリディの頭を撫でながら笑みを浮かべてみせた。いったいなぜ、イザベルは苛立っていたんだ? 同じ孤児院出身って話だし、過去に何かあったか?
「イザベルどうしたんだ? お前らしくないが……」
オレの問いに、イザベルはまた不機嫌そうな顔を浮かべる。なんでだ?
「べつに、どうもしないわ。ただのやっかみよ」
「やっかみ?」
イザベルがギュスターヴたちにやっかみねぇ。ちょっと心当たりがない。
「何が羨ましいんだよ?」
「彼らはレベル4ダンジョンに挑戦するのよ? 貴方も言っていたでしょう? レベル4のダンジョンに潜れるようなら、一生食べることには困らないって。私たちも早くレベル4のダンジョンに挑戦したいのに……先を越されてしまったわ」
「先に潜ったって、当たりを引くわけじゃねぇんだが……。焦ったって仕方ねぇぞ? 焦りは余計な緊張を生み,実力を半減させる毒だ」
「分かってるわよ。でも、私たちは早く独立したいのよ。今の弱い立場にうんざりしているの」
弱い立場ねぇ……。
たしかに、孤児院に入ってた奴が力を持ってないのはよくあることだ。縁故や財力、権力なんかは、親から譲り受ける場合がほとんどだしな。頼る当てが無く孤児になったイザベルたちには、そんなものはないだろう。おそらくだが、だから冒険者なんて危険な職を選んだのだと思う。孤児の女に選べる道なんて、他には娼婦くらいなもんだろう。
弱者のままではいたくはない。その気持ちは、オレには痛いほどよく分かった。オレも幼い頃に両親を亡くしたしな。そこからは、姉貴の世話になりっぱなしだった。そんな自分が嫌で、オレは姉貴が止めるのも聞かずに冒険者になったんだったか……。
最初は我武者羅だった。危険を承知で無理をしたこともある。とにかく早く一端の冒険者になりたかった。
あの焦燥感、無力感をクロエたちには味合わせたくなねぇ。そう思っていろいろな支援をしてきたんだが……足りなかったか? イザベルの顔には、余裕など無い。焦燥感に支配されている昔の自分を見ているようだった。
「どうしてそんなに必死な顔してんだ?」
「それは……」
イザベルが顔を俯かせて言いよどむ。
「それは……貴方には関係無いことよ……」
イザベルの口から放たれたのは、強い拒絶だった。下から見上げるように強く睨みつけてくる。余程、触れられたくない話題らしい。
どうするかな?
強行してイザベルから強引に聞き出すのも、後にシコリを残しそうだ。パーティリーダーとして、パーティメンバーの私事にどこまで踏み込むべきか……。まったく、リーダーなんて、やっぱりオレには柄じゃねぇってんだよ……。
「そうか。まぁ、話せるようになったら話してくれりゃいい」
オレが選んだのは、日和見だった。こんなに拒絶を露わにしてるんだ。今は下手に触れない方がいいだろう。
「んじゃまあ、そろそろ次の課題にいくか」
「課題?」
「何をいたしますの?」
疑問の顔を浮かべるクロエとエレオノール。
「今日やってもらうのは、情報収集だ。軍資金として、一人につき銀貨3枚を用意した。これで、次に行くダンジョンの情報を集めるんだ」
冒険者ってのは、時に一つの情報が命を左右するほどシビアな世界に生きている。冒険者が挑むダンジョンの中には、いわゆる初見殺しのようなものがあることもあるのだ。百聞は一見に如かずなんて言葉もあるが、それは事前に集められる情報を軽視してもよい言い訳にはならない。
たしかに、実際にダンジョンに潜らないと分からないものというのはある。だが、自分たちの集めた情報は、未知のダンジョンを照らし出す小さな灯となってくれるだろう。それは自信となり、勇気になる。決して軽視することはできないのだ。
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