第135話 贈りもの

「実は、今日マイヤと店を巡っていたのは、シヤへのプレゼントを探すのを手伝ってもらっていたからなんだ」


 オレはシヤを膝に乗せて、ソファーに座っていた。どうにかシヤの誤解も解けて、端的に言えばいちゃいちゃしている最中である。


 それにしても、シヤは小っちゃいな。オレの膝の上に座らせても、シヤの頭は、オレの顎くらいまでしかなかった。それに軽い。間違いなくクロエよりも軽いだろう。改めて思うと、シヤに恋したオレは、ロリコンの汚名を認めざるをえないかもしれないな。


 シヤは、オレにもたれかかるようにしなだれかけ、胸に耳を当てている。オレの胸の鼓動も聞こえているだろう。こうされると、なぜだか心の中まで見透かされていそうで、嘘が吐けなくなってしまう。


 まぁ、オレがシヤに嘘を吐くなんてありえないけどな。後ろめたいことなんてまるでないし。


「ほう? ワシにプレゼントとな?」


 シヤがオレの胸に顔を付けたまま、上目遣いでオレを見た。こうされると、いつものシヤよりも幼く見える。くそう、かわいいなぁ。


 オレは、顔が熱くなるのを感じながら頷いた。


「ほら、その……昨日からオレたちは……こ、恋人になったんだろう? だから、なにか記念になるようなものが欲しかったんだ。でも、オレにはシヤの欲しいものが分からなかったからな。だからマイヤに協力を仰いだんだ」


 自分でもなぜかは分からないが、オレは早口になりながらシヤに答える。喉はカラカラだし、暑いわけでもないのに汗までかいてきた。緊張しているのが自分でも分かる。


 そりゃそうか。オレは今、生まれて初めてできた恋人を腕に抱いているのだから。


「なるほどの。そうであったか。そういうことなら、マイヤとのデートは許さざるをえまい」

「だから、デートじゃないって」

「しかし、ワシよりも先にマイヤとデートのようなマネをしたのじゃぞ? ワシは一番がいい」


 普通なら、面倒な奴とでも思ったかもしれない。だが、シヤの言葉は裏を返せばそれだけオレのことを愛しているということでもある。不快感などまるで感じない。それどころか、心の裏側をくすぐられているようなくすぐったさがあった。


「それで……。これがシヤへのプレゼントだ。気に入ってくれるといいんだが……」


 オレは期待と不安を感じながら、恐る恐る収納空間から小さな箱を取り出した。そして、シヤの前でカパッと箱の蓋を開ける。


「これは……ッ!」


 シヤからハッと息を呑むような音が聞こえた。気に入ってくれたならいいが……。


「立派なパパラチアサファイヤじゃな……。美しい。こんなに大粒のものは滅多に手に入らぬぞ。これをワシに……?」

「あぁ」


 さすがシヤだな。この珍しい宝石の名称を知っているとは。やはりエルフは宝石に詳しい種族のようだな。


「石言葉は確か……。信頼、そして……一途な愛……」


 シヤはパパラチアサファイヤの石言葉まで知っていた。シヤの口から改めて聞くと、恥ずかしいものを感じる。だが、オレの気持ちに偽りはない。


「これを、本当にワシに……?」

「ああ。オレの気持ちだ。受け取ってくれると嬉しい」


 自分でもキザだなと思えるセリフ。しかし、恥ずかしさが天元突破したのか、すらすらと口に出すことができた。そして、シヤは……。


「……ッ」


 シヤはハッと息を呑むように呼吸を乱すと、俯いてしまった。だが、その長い耳が赤く染まっていくのが丸見えだ。


 その光景を見て、オレはなぜか、してやったりと大きな満足感を得たのだった。どうやらオレは、シヤを照れさせることに快感を覚えているらしい。


 子どもが、好きな子をいじめちゃうあれだろうか? それとも、セクハラをして喜ぶセクハラ親父的なサムシングだろうか? オレの年齢的には後者の確率が高そうだな。


 だが、当然だがセクハラは嫌われる。オレもほどほどにしないとな。


 オレは、シヤの体を優しく抱き寄せると、その大きな耳元で囁く。


「シヤ、受け取ってくれるか?」


 シヤの長いエルフ耳がぴくぴくと動き、一層赤くなっていく。それを見て、オレは無性にシヤの耳をハムッと甘噛みしたくなったが、さすがにやりすぎかと思い自重する。


「はいぃ……」


 シヤが、普段の態度からは考えられないような弱弱しい可憐な仕草で、コクリと頷いた。どうやらオレの気持ちを受け取ってくれるらしい。オレは背筋をゾクゾクと駆け上がるような嬉しさと共に、胸が温かくなった。


「しかし、ワシばかり貰ってもの……。なんぞ、欲しいものでもあるかや?」


 未だに薄っすらと顔が赤いシヤが、オレを見上げて首をこてんと傾げる。


「オレはべつに返礼目的でプレゼントしたわけじゃねぇからな。オレがプレゼントしたかったから贈っただけだ。それに、欲しいものなら既に貰った」

「はて? なんぞ贈ったかの? 覚えが無いが……」


 オレはシヤに顔を近づけて言う。


「シヤをもらった。これ以上ない贈りものだぜ?」


 白く治まりかけていたシヤの顔は、まるで茹でたように一瞬にして赤くなった。






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