第28話 【収納】
「ふんっ!」
オレは腰に佩いた剣を抜き放つと逆手に持ち、槍のようにゴブリンアーチャーへと投擲した。真っ直ぐに飛んだ剣は、吸い込まれるようにゴブリンアーチャーへと走る。
パシュンッ!
オレが剣を投げるのとほぼ同時に、まるでオモチャの楽器のような軽い音が響いた。クロエのライトクロスボウの発射音だ。
「Guッ!?」
クロエの放ったライトクロスボウのボルトがゴブリンアーチャーへと命中する。しかし、倒れない。クロエのライトクロスボウは、速射性を重視したそこまで威力がないものだ。釣りや戦闘のアシストには使えるが、一撃でモンスターを屠るほどの威力がない。ボルトを喰らったゴブリンアーチャーは、引き続き弓を引き絞り、その狙いを定めている。その狙いは……イザベルッ!
「イザベルッ!」
その瞬間、オレはイザベルに向かって跳んでいた。イザベルの装備は、精霊魔法の威力を優先してまともな防具を装備していない。ゴブリンアーチャーの矢は、容易くイザベルのドレスを貫きえるッ!
「収納ッ!」
オレはせめてもの目くらましに、イザベルの前に【収納】の黒い空間を広げる。オレの【収納】のギフトには、敵の攻撃を防ぐなんて効果は無い。あくまで物を出し入れできるだけだ。今イザベルの前に【収納】の黒い空間を広げたのも、目くらまし以上の効果は無い。これで少しでもゴブリンアーチャーの矢が外れる確率が上がるなら儲けものだ。
「ッ!?」
大声で名前を呼ばれたか、それとも目の前がいきなり真っ暗になったからか、イザベルがビクッと体を震わせるのが見えた。戦闘中に身を竦ませてどうする。
おそらく、イザベルに自分がゴブリンアーチャーに狙われている自覚など無かったのだろう。清々しいまでの棒立ちだ。
視界の端では、ゴブリンアーチャーへと飛んでいくオレの愛剣が輝くのが見えた。
ボウンッ! ボウンッ!
ザシュッ!
一足遅かったか……。オレの投擲した剣が、ゴブリンアーチャーの喉を貫くのは、ゴブリンアーチャーが弓を発射し終えた直後だった。2本の矢がイザベルを穿つべく飛来する。くそっ! 間に合えッ!
「ひゃんっ!?」
オレはイザベルに半ばタックルするようにきつく抱きしめる。イザベルの後頭部と腰に手を回して、そのまま地面へと身を投げ出した。
「んっ!」
胸元からイザベルの吐息が漏れる音が聞こえた。体に痛みは無い。回避できたのか? 矢はどうなった?
矢に意識を向けた時、オレは【収納】に違和感を感じた。矢が、入ってる?
オレがせめて目くらましになればいいと展開した、底が見えない真っ黒な【収納】の空間。その中にゴブリンアーチャーの放った矢が入っていることに気が付いた。今まで17年間も【収納】のギフトを使ってきたが、まるっきり予想外の事態だった。こんなことがありえるのか。
だが、確かにオレの【収納】の中に矢が2本入っている。しかも……。
「速度がそのまま……だと……?」
【収納】の中は時間の流れが停止している。そして、オレは【収納】の中に入れた物に対して、ある程度状態を把握することができる。2本の矢は、速度を保ったまま、飛翔した状態で収納されていることが分かった。
これ、そのまま出したら飛んでいきそうだ。
こんなことは初めてだった。まさかオレの【収納】は、敵の遠距離攻撃も収納できるというのか?
もしこれが今回だけのものではないとしたら……。
「ははっ」
オレは気が付いたら笑みを浮かべていた。そうだ。もしこれが常用できる能力なら……。頭の中に無数の策と疑問が浮かんでいく。もしかしたら、今までのオレは【収納】の能力を十分に活かしきれていなかったのかもしれない。
この能力は、荷物運びしかできないと腐っていたオレが過去のものになるほど、ヤバい可能性を秘めた能力だ。
「あの……。助けてくれたのには礼を言うけど、そろそろ笑ってないで、退いてくれないかしら?」
「ん?」
オレの胸あたりから、イザベルの不機嫌そうな声が響く。気が付けば、オレは柔らかいものに抱き付いたまま、地面を転がっていた。そうだった。オレはゴブリンアーチャーの矢からイザベルを庇うために身を投げ出したところだった。
そうだ。戦闘はどうなった?
上半身を起こしてを確認すると、ゴブリンアーチャーは殲滅され、今まさに最後のゴブリンが白い煙となってボフンッと消えるところだった。再度ゴブリンの援軍が来る気配は無いし、戦闘終了だろう。
オレは顔を下に向けてイザベルを確認すると、イザベルは腕で胸元を庇い、顔を赤らめて、眉を寄せて睨むような視線をこちらに寄こす。なんでだ?
「怪我は無いか?」
「おかげさまで……」
ゴブリンアーチャーの矢は2本とも収納されているのだから分かっていたことだが、イザベルに矢傷は無いようだ。オレはホッとしたものを感じながら体を起こして立ち上がる。
「よかったな」
「その……助かったわ。矢が飛んできたと思ったら、いきなり目の前が暗くなって……私……怖くて動けなかった……」
オレはイザベルの右手を掴んで、イザベルを引っ張り起こす。イザベルは、俯いて自分の失態を恥じているようだった。
「まぁ、最初はよくあることだな。身を固くするのは本能みたいなものだ。動けるようになるためには、慣れていくしかねぇ」
「叔父さん! イザベルは無事?!」
「ベルベルだいじょーぶ?」
クロエとジゼルが心配の声を上げて走って寄ってきた。
「どうやら無事のようですわね?」
エレオノールもやって来て、イザベルの体を怪我が無いか確認していた。
「ええ。アベルに助けられたわ。ありがとう」
イザベルがもう一度オレを見て感謝の言葉を口にする。
「構わねぇよ」
オレは敢えて肩をすくめて、軽く流す。冒険者なんてやっていれば、命を救っただの救われただのは日常茶飯事だ。いちいち大仰にしていたらキリがない。
肩をすくめたオレのローブを引っ張る感覚があった。目を向ければ、リディがつぶらな瞳でオレを見上げていた。
「お姉さま、を、助け……ありがとう……」
今までイザベルと一緒になってオレを警戒していたリディの口から、まさか感謝の言葉が出るとはな。てか、お姉さまって誰だ? イザベルのことか? なんでお姉さま?
そのあたりを訊こうとして口を開きかけるが、リディはちょこんと会釈すると、またイザベルの陰に隠れてしまったのだった。
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