第133話 宝石
「それでわたくしのところに?」
『連枝の縁』のクランハウス。白亜の優美な建物の中、オレは一人のエルフと向き合っていた。
サラリとした長い金糸のような金髪。その美貌に湛えられたほのかな笑み。まさにお手本として絵に描いたようなエルフ女性だ。その名はマイヤ。シヤのお付きのエルフである。
「あぁ。ちと、オレ一人じゃなかなか決めきれなくてな。できれば手助けしてほしい」
昨日の夜考えた作戦。プレゼントと記憶を結びつけることによって、記憶を強化しようという試み。その記念すべき第一回。オレとシヤ付き合い始めたことを記念して、シヤにプレゼントを贈ろうとしたのだが、なにを贈ればシヤが喜んでくれるのか分からなかった。
そこで、オレはマイヤを助っ人を呼ぶことにしたのである。マイヤならば、シヤと日頃一緒に行動しているため、シヤの好みを把握しているのではないかと考えたためだ。
「左様ですか……」
マイヤは一瞬だけ考えるように顔を俯かせる。できれば承諾してほしいところだが……。
「かしこまりました。わたくしでよろしければ、お力になりたいと思います」
マイヤは、優しい笑みを浮かべて、オレの提案を承諾してくれた。アポも無く、突然やって来たというのに、嫌な顔一つしないなんて。マイヤの度量の深さが窺える。
「助かる。あんたが力を貸してくれるなら心強い。それでだが、シヤが貰って喜ぶようなプレゼントって何だ? なんでもいいんだ。心当たりはないか?」
「エヴプラクシヤ様は、アベル様からの贈り物ならばなんでも喜ばれそうですが……。アベル様は、よりエヴプラクシヤ様に喜んでいただきたいのですね」
「まぁ、そうなる」
たしかに、シヤならばオレがなにを贈っても喜ぶかもしれない。だが、できればシヤには心の底から喜んでほしいのだ。
「それで、なにか心当たりはあるか?」
「左様でございますね……」
マイヤが右手を顎に当て、考え込むように少しだけ俯く。そのなにげない仕草が、絵になるほど美しい。すごいなエルフ。なんだかマイヤの横に立っているのが恥ずかしくなってくるレベルだ。せめて無精ヒゲくらいちゃんと剃ってくるべきだった。
「これはエルフの風習ですが、想いを交わし合った恋人たちは、二つに割った宝石を片方ずつ持つことが多いです。人間のアベル様にエルフの風習を強要するわけではありませんが、わたくしが子どもの頃は、この風習に憧れておりました」
「なるほどな」
人間なら婚約指輪などを渡すところだが、エルフにも似たような風習があるらしい。これはいいアイデアじゃないか? オレがエルフの、延いてはシヤの考えを尊重するというメッセージにもなる。
「じゃあ、さっそく宝石商の所に行くか。善は急げってのは、エルフの格言だろ?」
「お詳しいのですね。驚きました」
「エルフの親友が居るからな。いろいろ教えてもらったんだ」
エルフの格言というのは、なるほど、と思うことが多く、物事を端的に表すのにこれ以上ないのではないかというくらい整っているように感じられて、オレは結構好きだったりする。昔はキールによく尋ねていたものだ。
◇
マイヤにいろいろ尋ねながら、宝石商を巡っていく。高価な宝石を扱うからか、宝石商は、通称金持ちエリアと呼ばれる貴族街にほど近い所に居を構えている場合が多かった。
「その、なんだ……愛の石言葉の宝石って、ピンクなのが多いな」
愛なんて単語、言い慣れてなくて口に出すのすら少し恥ずかしい。
「左様でございますね。やはり色味から連想するからでしょうか。似たような石言葉を持つ宝石は、似たような色の場合が多いですよ」
「なるほどな」
マイヤに宝石の名前や石言葉を教えてもらいながら、シヤに贈る宝石を選定していく。マイヤは、さすがエルフだけあって、宝石に詳しかった。非常に助かる。
それにしても、宝石商とか初めて来たな。キラキラ輝く宝石に囲まれて、目の奥がチカチカしてきたほどだ。
「この宝石は、何て言うんだ?」
「こちらはガーネットですね。石言葉は貞操、真実、友愛、忠実、生命力、活力、勝利」
石言葉ってのは、一つの宝石にいくつもあるのが普通らしい。頭がこんがらがりそうだ。
「ガーネットは、“実り”の象徴とされ、目標に向かって積み上げてきた努力の成果を実らせ、成功へと導いてくれる石とされています」
「ほう?」
愛の石言葉ではないが、なかなか素敵な石言葉だな。
オレはマイヤの言葉を聞いて、なぜだかクロエのことを強く意識した。クロエに贈るのにピッタリだと思ったのだ。
最近、クロエの態度が冷たいんだよなぁ……。その原因が分からないのが、なんとももどかしい。プレゼントで懐柔しようってわけじゃねぇが、話のきっかけくらいにはなるだろう。
「店主、ちょっと来てくれ」
「そちらにするのですか?」
オレが店主を呼ぶと、マイヤが不思議そうな顔で訊いてきた。
「いや、姪への贈り物にな。修行中のクロエにはいい石言葉だと思ったんだ」
「左様ですか。ですが、エヴプラクシヤ様のことはお忘れないよう」
「忘れるわけないだろ」
そう答えるオレを、マイヤはなぜか呆れたような目で見ていた。
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