第115話 尋ね人
オレは緊張の面持ちで応接間のドアを開けた。
重厚さと女の子らしさを兼ね備えたちぐはぐな空間に居たのは、ハッと目を引く美人集団だった。武装した妙齢の女性たち。その共通点は、耳だ。彼女たちの耳は、まるで笹の葉のように大きく尖っている。
ドワーフよりも長い耳、オレのちょっと下くらいまである高身長な細い体。そして、現実味すら打ち砕く、まるで妖精のようなありえないほどの美貌。エルフだ。それも六人ものエルフが応接間の中に居た。まるで、そこだけ異空間のように華やいで見える。
他のエルフは座らずに立っているというのに、六人のエルフの中で唯一席に着いているエルフが居る。まるで、エルフの中の上位者のような扱いだ。高身長なエルフたちの中にあって、一際小柄な、しかし、一際光り輝くエルフだった。
シヤ。これまで何度か話を持ったことがある巨大クラン『連枝の縁』のリーダーだ。そして、いくつも借りのある相手でもある。一瞬シヤの白く細い肢体が頭を過り、言葉に詰まってしまう。
こんな時に何を考えているんだ。しかし、こんな時にだからこそ気になってしまう。いったいシヤの目的は何だろう?
オレに一度とはいえ体を許した目的、そして、今ここにシヤが来た目的。どちらも分からず、オレの頭は堂々巡りだ。
しかしシヤは、そんなオレの気持ちも知らないとばかりに、オレを見て朗らかな笑みを浮かべている。ほにゃんとした、なんだか安心するような笑みだ。幼い見た目だというのに、聖母という単語が頭を過る。
「ふむ? 座らぬのか?」
「お、おぅ……」
シヤに促されて、オレはようやくテーブルを挟んでシヤの向かいの席に腰を下ろす。まるで館の主人がシヤであるかのようだな。
相手の狙いが分からない以上、姉貴とクロエは別室でオディロンたちに護衛させている。オレの護衛は、先程挨拶した『蒼天』のメンバーだ。思わぬところで護衛の予行演習になったな。
無いとは思いたいが、シヤたちがブルギニョン子爵家の依頼を受けて、オレたちに危害を加える可能性もある。油断はできない。
しかし、笑顔を浮かべるシヤを見ていると、そんな物騒な話でもなさそうだが……。だが、相手は巨大クランを束ねるリーダーだ。貴族にもパイプがあると聞くし、腹芸などお手のものだろう。騙されないように注意しないとな。
「それで? 今日はどうしたんだ? 遊びに来たってんならそれでもいいがよ」
オレはいつでも収納空間を開けるように準備しつつ、シヤに問う。エルフは精霊に愛された種族だ。エルフは皆、精霊魔法の使い手というのは有名な話である。
オレの【収納】は魔法も収納できる。ある意味オレは、魔法使いの天敵と呼べる存在だろう。オレは魔法を撃たれても平気だが、オレを護衛してくれている『蒼天』のメンバーはそうじゃない。『蒼天』のメンバーも守らなくちゃならないとなると、途端に難易度が上がる。
護衛を守るなんて本末転倒だな。だが、見殺しにもできない。『蒼天』を護衛に選んだことは失敗だったかもしれないな。オレ一人の方が身軽だ。
「そんなに身構えなくてもよいじゃろう? ワシとお主の仲ではないか」
ふふっ。シヤが幼い顔立ちに似合わない妖艶な笑みを浮かべてみせた。
オレが緊張していることなどシヤにはお見通しらしい。
「そりゃ、そうだが……。そう言うってことは、シヤはオレたちに味方してくれるのか?」
「勿論じゃ」
オレとしては踏み込んだ質問だったのだが、シヤは軽く答えてみせる。
「ワシはいつでもお主の味方じゃ。本当じゃぞ? 今すぐ信じろというのは無理かもしれぬが、ワシのことを信用してほしい。頼む……」
「………」
シヤが、まるで縋るような目をオレに向ける。まるで、恋人と離れ離れになってしまいそうな一途な少女のような懇願がそこにはあった。これが演技だとしたら、大した面の皮だろう。女を信じられなくなりそうだ。
「まだ信じられぬかや……?」
「いや……」
信じきれないから帰ってくれと切り捨てるのは容易だが、それでは後にシコリを残す。冒険者ギルドが当てにならない以上、巨大なクランを運営するシヤの権力は相対的に上がっているのが現状だ。シヤを、『連枝の縁』を敵に回すことなどできない。
「お主は既に知っておるかもしれぬが、ワシは王国の貴族とも面識がある。ワシの前でブルギニョン子爵家の坊主に不埒なマネなどはさせぬよ。絶対じゃ」
たしかに、シヤが本当に味方に付いてくれるならありがたい。シヤのクラン『連枝の縁』は、王国の貴族にとっても無視できないビッグネームだろう。権力など欠片も無いオレなら容易に踏み潰せても、シヤの顔に泥塗ることはできないはずだ。
「分かった」
オレは、シヤを信じることを決断する。シヤが味方になってくれれば、その恩恵は計り知れない。だが、最後の確認として、オレは口を開く。
「その代わりと言っちゃあなんだが、オレたち『五花の夢』を『連枝の縁』に入れてくれないか?」
『連枝の縁』が冒険者同士の互助組織である以上、同じクランのメンバーに害をもたらすことなどできないだろう。そう考えての一手だ。
オレの小癪な一手に、しかし、シヤは満面の笑みで答える。
「勿論じゃ!」
即答の了承。まさか、シヤほどのビッグネームが、本当にオレたちを守るためだけに動いてくれたのか……?
オレは信じられない気持ちを掃いて捨てて、シヤへと手を伸ばす。
「未だ未熟なパーティだが、よろしく頼む」
「うむ!」
シヤの小さく温かい手が、疑心に染まったオレの心を溶かしていくような気がした。
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