第66話 デカい

 オオカミとの一対一を制したジゼルが、エレオノールの援護に入ったことで、戦況は大きく変わった。当初、四対五の数的不利だったが、ジゼルが二体のオオカミを屠ったことで、数的優勢に翻っていた。


 やはり、ジゼルは成長が著しいな。その成長速度は、頭一つどころか、二つは飛び抜けているだろう。


「これが【剣王】の力か……」


 剣を持ったこともなかった少女が、この短期間でレベル3のダンジョンモンスターを一刀に伏すなど、尋常なことではない。つくづく凄まじいギフトの力だ。世の剣士たちが、喉から手が出るほど欲しがるのも頷ける。


 しかし、そんなジゼルの活躍も、エレオノールの働きがあればこそだ。エレオノールが三体ものオオカミを受け持ち、ジゼルに一対一でオオカミを屠る機会を与えたのだ。そして、敢えて自分が隙をさらし、エレオノールを攻撃しようとするオオカミの隙を作ってみせた。


 今回の戦闘のMVPを決めるとしたら、それは間違いなくエレオノールになるだろう。エレオノールは、初めて三体のオオカミを捌いてみせた。剣や盾に拘らず、足を使ったのもポイントが高い。お行儀の良い常に控えめなお嬢様から、また一歩冒険者として成長した気がする。


 残った三体のオオカミも、クロエ、ジゼル、エレオノールによって素早く討伐された。オレとクロエの援護が無く、数的劣勢からのスタート。エレオノールたちにとって、いい経験となっただろう。


 そして、今回の戦闘で、エレオノールたちの実力は十分にレベル3のダンジョンでも通用することが確信できた。これならば、ボスに挑んでも問題あるまい。


 オレは、『五花の夢』の成長の喜びを噛み締めながら、仲間の元に歩いていくのだった。



 ◇



「まぁ、流れとしてはそんな感じだな。なにか質問がある奴はいるか?」


 オレが視線を向けると、地面に座り込んだ五人の少女たちの顔がエレオノールに向いていた。


 今回のボス戦の最大の山場を担うのは、間違いなくエレオノールとなるだろう。むしろ、今回のダンジョンは、エレオノールを鍛えるために選んだと言っても過言ではない。


「……ッ」


 仲間の視線を感じたのか、エレオノールが小さく息を呑んで頷いてみせた。かなり緊張しているようだな。しかし、「止めよう」とか「無理だ」と言い出さず、頷いて応えたところは大いに評価したい。なにせ……。


「たしかに、相手は今までのオオカミの三倍は大きい巨体のオオカミだ。重さとはパワーでもある。デカいってのは、それだけで強い」


 緊張のし過ぎで顔色が失せ、唇が紫になっているエレオノール。彼女がここまで目に見えるほど緊張しているのは、これほど大型のモンスターとの戦闘が初めてだからだ。


 以前の『ゴブリンの巣穴』のボスも、普通のゴブリンに比べれば大きかったが、その背丈はせいぜい成人男性程度だった。明らかに人間よりも大きいモンスターとの戦闘は、これが初めて。大きいというのは、それだけで強いが、同時に、相手にするとき恐怖も感じるのだ。


 エレオノールは今、必死に自分の中の恐怖と戦っているのだろう。


 そして、諦めず、逃げ出さない。その姿は、素直に尊敬に値する。


 オレは腰を落として、エレオノールの不安に揺れる垂れ気味な青い瞳を正面から見つめる。絡み合うオレとエレオノールの視線。


 エレオノールは一瞬目を伏せたが、次の瞬間には、真正面からオレの目を見つめてきた。しかも、微かに口角を上げて、笑顔まで見せてきた。青い顔しながらよくやるものだ。


 普段はおしとやかな側面ばかりが目に映り、あまりこういった感想は持たなかったが、エレオノールもどうやら気が強い少女らしい。まぁ、そうでなくては親の反対を押し切って冒険者になったりしないか。


「笑えるなら上等だ」


 気が付けば、オレも笑顔を浮かべて、エレオノールの頭に右手を置いていた。


「ッ!?」

「ぁッ!?」


 驚いたのか、パッと目を瞠るエレオノール。心なしか、顔色が少し良くなったような気がする。オレは、エレオノールの頭に置いた右手で、そのままポンポンと頭をやさしく撫でる。オレなりの激励のつもりだ。


「いいか、エル」

「ぁ……ひゃいっ」


 エレオノールが上ずった変な声を上げるが、オレは構わずに口を開く。


「相手はたしかにデカい。重量じゃ、ぜってぇーに勝てねぇー。まともに真正面からぶつかり合ったら、こっちが潰されるだけだ。だからな、エル。お前は回避することを覚えなきゃならねぇ。重装備なのに、足を使って回避しろってのは、たしかにキツイ。重りを身に着けてダンスするようなもんだ。だが、デカい奴が相手の時は、攻撃を受け止めようと思うな。まずは回避だ」


 エレオノールが、壊れたおもちゃのようにガクガクと首を縦に振る。その顔色は、完全に元通り。むしろ、紅潮しているようだ。まるで宝石のような青い瞳も、潤んだように艶を増しているように見えた。


 オレは、エレオノールを安心させるようにたたみかける。


「安心しろよ。危ない時は必ず援護してやる。オレを、オレたちを信じろ!」

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