第36話 模擬戦

「おらおらどうしたー? 守ってるだけじゃ勝てねぇぞ?」

「くっ……!」


 オレが無造作に振り下ろした剣を、エレオノールが剣で受け止めた。ふむ。最初に比べると防御はできるようになったが、攻撃に転じるまでにはいかないな。オレの剣を受け止めるのに精一杯といった感じだ。攻撃を受け流したり、回避できたりすりゃ、ちったー違うんだが、なかなか上手くできないみたいだな。


「よっと」


 オレは敢えて剣を大振りにして隙をさらす。エレオノールはこの隙に反応できるか?


「ッ!」


 エレオノールが一瞬遅れて反応する。その右足を前に踏み出し、ついに攻撃へと転じた。


「はぁ!」


 エレオノールが選んだ攻撃は、剣による突きだ。狙いはオレの心臓。ちゃんと剣を横に寝かせて、あばら骨をすり抜けようと努力している。急所ではあるが的の小さい喉を狙わないあたり、自分の未熟な実力を分かっているのだろう。


 ジャリッ!


 横に大きくサイドステップすると、足元から砂利の弾ける音が耳を打つ。近づきつつあったエレオノールの顔が驚愕に歪むのが分かった。


「ッ!?」


 エレオノールが息を呑む音が真横から聞こえる。エレオノールの渾身の突きを、オレはサイドステップ一つすることで軽々と避けてみせた。


 エレオノールとすれ違う瞬間。オレは大きく振り上げた剣をエレオノールの尻へと振り下ろす。もちろん手加減して剣の腹で打つだけだ。


 バシンッ!


「あんっ……んっ……」


 予想外の衝撃だったのか、エレオノールが妙に艶のあるおかしな声を上げて転びそうになり、なんとか踏み止まる。そして、なぜか顔を赤くして眉を下げた困ったような表情を浮かべながらこちらを振り返った。


「転ばなかったことは褒めてやる。あとは、ちゃんとオレの作った隙に反応したこともな。だが、お前には攻め気が足りねぇな」

「はい……」

「エル、お前のギフトは【強固】だろ? その防御力活かせ。お前のギフトなら素肌でもオレの剣を受け止めることができるハズだ。ギフトの力を過信しないところはお前の長所だが、同時に短所でもある。もうちょっとギフトの力を信じて冒険してみろ」

「はい! ご指導ありがとうございました!」


 エレオノールが深く頭を下げ、オレの前からクロエたちの方へ下がっていく。


「次は誰だ?」

「あーい!」


 元気よく手を上げたのは、黒地に赤のラインが入った皮鎧に身を包んだジゼルだ。次の相手はジゼルか……。オレも本気を出さないとな。


 ジゼルはこの模擬戦を通して、一番成長している期待株と言えるだろう。その成長速度は、オレを舌を巻くほどだ。さすがは【剣王】のギフト保持者。これが噂に聞く剣術の習熟速度上昇の効果だろう。単純だが強力なスキルだ。


「今日こそおじさん倒しちゃうんだからねっ!」


 ジゼルの強気な猫の目のような緑の瞳が、真っ直ぐにオレを捉える。相変わらず強気な奴だ。それでいて愛嬌もある。ふと浮かんだワードだったが、猫というのはジゼルを表現するのにピッタリな言葉かもしれないな。コイツは性格も猫のように気まぐれだ。


「まだまだ負けるわけにはいかんな」


 近いうちにジゼルの実力はオレを凌駕するだろう。しかし、まだその時ではない。


「来い!」


 オレは気合を込めてジゼルを迎え撃つのだった。



 ◇



「いいかリディ? お前に教えているのは棒術だが、正式な棒術ってわけじゃねぇ。相手を倒すことじゃなくて、自分の身を守ることを念頭に置いた護身術みたいなもんだ」

「んっ……」


 リディがコクリと無表情で頷く。普通なら不機嫌に見えるかもしれねぇが、オレにはリディの顔がほんのりと真剣味を帯びていることが分かる。リディは元々表情の変化がそこまで顕著なわけじゃないが、一緒にキャンプする内になんとなくリディの顔色が読めるようになってきた。


「リディ、お前は治癒の奇跡を持つパーティの生命線だ。お前は絶対に死ぬことを許されない。時には味方を犠牲にしてでも生き残る必要がある」


 オレの言葉に、リディの眉が微かに動いた。その整った顔立ちのおかげか、その小さな背丈のせいか、まるで童女のようなかわいらしさを感じるが、これはリディの怒っている顔だ。おそらく、味方を犠牲するという部分に怒っているのだろう。リディは無口な奴だが、口にしないだけでパーティメンバーを思いやっていることが分かる。


 そんなリディに仲間を見捨てろというのは酷か。リディに棒術を教えるのはいいが、最近のリディは自信をつけてきたのか、前線に飛び出るようになってしまった。前衛陣のように敵と直接戦って活躍したいのだろう。


 今はまだレベル2のダンジョンだからリディの付け焼刃な棒術も通用するが、この先はそうもいかない。


 リディには最後まで生き抜く義務があるのだ。


「言い方を変えよう。リディ、お前は最後の砦だ。もし、モンスターが前衛を越えてきたらどうする? 誰がイザベルを護れるんだ?」

「お姉、さまを……?」

「そうだ。イザベルの危機を救えるのはお前しかいない。お前はイザベルを護る最後の砦だ」

「んっ……!」


 リディがこれまでにないくらい決意を秘めた真剣な目をしている。これで前衛に飛び出るような無茶をしなくなればいいんだが……。

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