第140話 忘却

「まぁ、そんなわけで、次に向かうダンジョンが決まった」


 屋敷の食堂。いつもならもっとはしゃぎそうなものだが、今日のクロエたちはやけに静かだった。


 それもそのはず。彼女たちは、昼間に飲んだ火酒のせいで、二日酔いのような状態になっているのである。


 いやー、あの後は大変だった。揺すっても頬を叩いてもまったく起きる気配のないクロエたちを運ぶために、馬車をチャーターしたほどだ。


 ちなみに、こんな惨状を創り出した本人であるオディロンは、「このくらいで酔い潰れるとはなっとらんな」と呆れていた。いや、そうじゃなくて、成人したばかりの少女たちに火酒を飲ませたことを反省してくれよ。


「あまり大きな声で喋らないでもらえないかしら? 頭に響くわ……」

「頭がガンガンするー……」

「ぎもちわるい……」

「うっぷ……」

「皆さん、情けないですわよ。やっと次のダンジョンが決まったのです。もっとしゃっきりしないと!」


 ダウンしているクロエたちの中、一人元気なのがエレオノールだ。二日酔いのような症状は無く、元気いっぱいといった感じだな。火酒を飲んで、最初にスコーンと眠った奴とは思えないほどだ。


 心なしかエレオノールの顔は艶々しており、なんだかいつもより魅力的に見えるほどだった。


「あが……」

「ひぐ……」

「あぐぐ……。エル、もっと静かに喋りなさいな……」

「きゅー……」


 いつもより大きなエレオノールの声に頭を押さえるクロエたち。こんな状態じゃあ、作戦会議もあったもんじゃないな。


「今日の会議はこれぐらいにしておくか。全員、水を飲んで横になってろ」

「「「「…………」」」」

「はい!」


 エレオノールの元気な返事と、返事をする気力も無いのか、クロエたちが無言でのっそりと席を立ち、各々の部屋へと歩いていく。まるでゾンビのような歩みだな。夕飯までには復活してくれるといいが……。


「あの子たち、どうしたのよ? 体調が悪そうだったけど……」


 ゆっくりと遠ざかるクロエたちの背中を見ながら、姉貴が零す。


「いや、その、なんだ……。ちょっと酒を飲みすぎちまってな……?」

「あんたが付いていたんなら、途中で止めてあげなさいよ」

「いやー……。あはは……」


 火酒を飲ませたなんて知られたら、姉貴に大目玉を喰らっちまうな……。


「あんたが一番の年長者なんだから、しっかりしなさいよ?」

「あぁ、分かってる」

「本当に頼むわね? あんたは時々抜けてるから心配なのよ……」

「大丈夫だって。姉貴は心配し過ぎだ。あれでも、クロエたちは新人の中じゃあ最速レベルでダンジョン攻略してるんだぜ? 着実に強くなってるさ。今じゃあ、クロエたちに絡んできたチンピラの方を心配してやるくらいだ」

「はぁー……」


 姉貴がオレの顔を見て、これ見よがしに溜息を吐く。


「それでもお酒であんなに酔っぱらってたら意味が無いでしょ? あんたにはそういうところを気を付けてやってほしいのよ」

「あー……。うん、はい」


 姉貴にぐーの音も出ないほど言い負かされてしまった。たしかにその通りだが、今回は不可抗力だろ? ドワーフの酒を断るなんて考えられねぇよ。


 それから姉貴とは世間話を少々語らった。もうすぐオレたちがダンジョンに行って長期間家を空けるからか、姉貴の話は止まらなかった。いや、それでなくても姉貴はお喋りだからな。話題が尽きないとは、まさにこのことだろう。


「それで、お隣の旦那さんがね……」

「あー……。姉貴、ちょっといいか?」


 オレは姉貴の話を遮る。オレには、お隣夫婦の喧嘩事情など、どうでもいいのだ。


「どうしたのよ? そんなに改まって?」

「大事な話なんだ」


 オレの真剣な表情からオレの本気が伝わったのだろう。姉貴も笑顔を引っ込め、神妙な面持ちとなった。


 さて、場は整った。だが、オレの心は、緊張からかなかなか話を切り出せなかった。


「…………」

「…………」


 無言のまま時が流れる。それでも、姉貴は急かすこともなくオレの言葉を待ってくれた。


「その、なんだ……。姉貴にちょっと報告があってな。あー……。その、なんて言えばいいのか……」

「報告?」

「そうだ。改めて言うのも恥ずかしいが……。オレにも恋人ができた」

「ッ!?」


 オレの言葉があまりにも意外だったのか、姉貴がハッと息を呑む。


「……誰か訊いてもいいのかしら? クロエ……ではないのでしょう?」

「なんでクロエの名前が出てくるんだよ。クロエは姪だろ?」


 おかしなことを言う姉貴に、つい、告白する瞬間を逃して疑問を投げかけてしまう。


「あなたがクロエを選んでも不思議なことじゃないわ。と言うか、クロエとの仲もよかったでしょう? なんでクロエじゃないのよ?」

「なんでって、さっきも言ったが、クロエは姪だろ? さすがに血が近すぎる」


 血が近いと、いろいろと問題があるらしいからな。本能的に避けるのが普通だ。


「血って……。そう……。あなたは思い出していないのね……」

「思い出す……?」


 姉貴は何を言ってるんだ? 思い出す? 何を? オレが何を忘れてるってんだ?




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