第139話 情報
「それで? お前さんは何の用で来たんじゃ? ただ遊びに来たならそれでもよいがの」
体がポッポと熱を持ち、ふわふわした気持ちで椅子に座っていると、目の前に座るオディロンから話しかけられた。
そうだ。オレはオディロンに会いに来たんだった。
「すー……すー……」
背後から規則正しい寝息が聞こえる。クロエたちの寝息だ。
オディロンに勧められた火酒を飲み干すと、クロエたちは気絶するように眠ってしまった。今は後ろの椅子に座らせている状態だ。
クロエたちの寝息を聞いていると、オレも眠りたくなってしまう。ふわふわしたこの気持ちのまま眠れたら、とてつもなく気持ちがいいだろう。
だが、悲しいかなそれはできない。オレはオディロンに用事があって来たのだ。
「はふぅー……」
口から吐いた息が熱い。そして酒臭い。たった一杯飲んだだけだというのに、すごい威力だな。もう兵器なんじゃねぇか?
そのくせ、甘口で飲みやすいのだから始末がおえない。
「今日はオディロンに訊きたいことがあってよ」
「なんじゃい?」
「レベル4のダンジョンで、空いてる所はないか? 問題も片付いたし、今度、潜ろうかと思ってよ」
「はぁー……」
オディロンがこれ見よがしに溜息を吐いてみせる。なんでだ?
「お前さんは『連枝の縁』に所属しておるじゃろうが。そういうのは、普通はクランの仲間に訊くものじゃぞ?」
「オレも分かってはいるけどよぉ。オレら以外全員エルフで、まだ馴染めないんだよなぁ……」
「はぁー……。そんなこと、入る前から分かっていたじゃろうに」
オディロンが呆れたような目でオレを見る。
そりゃ分かってたけどよぉ……。あの時はシヤの心を試すつもりで言っただけだし、もしシヤが白だったら、さっさと抜けるつもりだった。
だが、今ではシヤのクランを抜けるのに抵抗を感じている自分がいる。
その理由は、シヤが恋人になったというのもあるが、もちろんそれ以外にもある。『連枝の縁』は、王都でも一二を争う規模の巨大クランであると同時に、老舗のクランでもある。
その蓄えられた情報や知識、装備は、王都でも屈指のレベルだろう。その援助を受けられるというのは、またとないチャンスだ。
それに、仮に『連枝の縁』を抜けたとしても、入ろうと思えるクランが無い。例えばオディロンのクランは、新人の育成が目的のクランだ。オレたちが入ってもメリットが少ない。
他のクランを見渡しても、『連枝の縁』に匹敵するクランは無いと言ってもいい。まぁ、厳密に言えばあるにはあるが、入るための条件がアホみたいに高いところや、貴族でなければ入れないところばかりだ。
『連枝の縁』は、オレたちが入ることができるクランの最高峰である。抜ける理由がない。
だがまぁ……。エルフばかりのクランだからか、なんだか疎外感を感じるんだよなぁ……。
べつにエルフたちが意地悪をしているわけじゃない。実際、話せば気さくに対応してくれるしな。むしろエルフたちは好意的だ。訊けばダンジョンの情報だって教えてもらえるだろう。
だが、あまり頼りきりになるのも悪い気がするし、情報の確度という点ではオディロンに軍配が上がるだろうと思ったのだ。
「今までオディロンの情報を信じてきて、外れたことは一度もねぇ。これはオレなりのゲン担ぎの意味もあるんだ」
「ふむ……。まぁ、儂もエルフどもより頼りにされているというのは、嬉しいものがあるのう。よかろう。儂もお前さんとの縁が細くなるのは望んでおらんからな」
「ありがてぇ」
「レベル4ダンジョンの情報じゃったな? 基本的なことはお前さんも知っておろうから、冒険者たちの動向かの? たしか……」
オディロンが天井を睨み付けるようにして、ソラで冒険者たちの動向を、それもレベル4ダンジョンに挑戦する冒険者たちの行き先を唱え始めた。オディロンの頭の中には、王都の冒険者全ての動向が入ってるなんて噂だ。その記憶力には舌を巻くほどである。
「『蒼天』は、たしかレベル4ダンジョン『蛇の毒牙』に挑戦するぞ。あと、レベル4に挑戦しそうなのは……。おお、『制覇の誓い』があったな」
「『制覇の誓い』……」
たしか、クロエたちの知り合いのパーティの名じゃなかったか? あー……たしか……。
「ギュスターヴって奴がリーダーのところだったか?」
「ほう、よう知っとるの。たしか、お嬢ちゃんたちの知り合いのパーティじゃったか?」
「ああ。同じ孤児院の出身らしい。それにしても、もうレベル4を攻略するのかよ。早いな」
「早いのは、お前さんのところもそうじゃろうに。こんな早さで挑戦するダンジョンのレベルを上げるなぞ、正気の沙汰とは思えんほどじゃぞ? やはり、お前さんは人を育てるのに向いとる!」
「いやいや、『五花の夢』のメンバーが優秀なだけだ。オレはなにもしてねぇよ」
「またお前さんはいらん謙遜しおって……」
オディロンがもどかしいような目でオレを見ているのが分かったが、そんな目で見られても困る。クロエたちの成長は、本人たちの努力の成果だ。
「まったく……。お前さんにも、もう少し自己顕示欲があればのう……。マクシミリアンの小指くらいの大きさで十分なんじゃが……。まぁ、よいわい。それよりも、お前さんに頼みたいことがあるんじゃが、いいか?」
「頼みたいこと?」
「うむ。さっきの『制覇の誓い』についてじゃ。どうもあ奴ら、ダンジョンの攻略を急いでおるようでな……」
「そいつぁ……」
『制覇の誓い』が攻略しようとしているのは、レベル4ダンジョンだ。レベル3までのダンジョンとはまさしく格が違う。じっくり腰を据えて攻略をするべきなんだが……。
「既に一度、攻略に失敗しておっての。少し気がかりなんじゃ……」
そう言って眉をハの字にするオディロン。まったくかわいくはないが、『制覇の誓い』の面々を心配している気持ちは伝わってくる。
「お前さんさえよければ、ちょいと様子を見てきてほしいんじゃ。そして、可能ならあ奴らも導いてやってほしい」
オレに対して、深く頭を下げるオディロン。赤の他人のためにここまで真摯になれるとは。オレはオディロンが親友と呼べる存在で誇らしい気持ちになった。
「顔を上げてくれよ、オディロン。『制覇の誓い』のボウズたちのことは任せてくれ」
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