第142話 『連枝の縁』で
クロエとどころか、姉貴とまで微妙な関係となってしまったオレは、逃げるように拠点としている屋敷から出て、白亜の森へと来ていた。
この地を訪れる人間が珍しいのか、周りの美男美女、エルフたちからの視線を感じる。とは言っても、ジロジロ見るようなぶしつけな視線ではなく、見守られているかのような暖かな視線だ。なんだか体中が痒くなっちまう。
まぁ、新参者とはいえ、オレも『連枝の縁』に属するパーティ。そのリーダーだ。間抜けなマネはできない。オレは意識して胸を張って、肩で風を切るように歩く。
白亜の石の森の中は、真っ白なエントランスになっている。まるで神殿のような雰囲気だな。その真っ白な空間にあって、所々に色を添えているのは、観葉植物の緑だ。中には、枝葉や蔦が白の芸術を侵食している箇所もあるのだが、エルフの美的センスでは、それは許されるのだろう。のびのびと大きく育っている。
そんな様子を横目に、オレは白のカウンターテーブルへと足を進めた。受付嬢たちが接近するオレに気が付き、ニコリと笑顔を向けてくれる。
場違いな所に来てしまったとささくれだった心が、優しく撫でられているかのような心地だ。歓迎されていることが分かる。
「よお、今大丈夫か?」
「はい。今日はどういったご用件でしょうか? エヴプラクシヤ様でしたら、おいでになられてますよ」
あれから何度かシヤのところには顔を出しているからな。今日もまたシヤに会いに来たのだと思われたのだろう。
「いや、今日は別件で来ててな。レベル4ダンジョン『オーク砦』についての情報が欲しい。ダンジョンに挑戦しようとしている冒険者の情報とかな」
オディロンにも呆れられたが、オレたち『五花の夢』は『連枝の縁』に所属している。普通は、自分たちの所属するクランを頼るのが先だろう。
まだ所属してから日が浅いからか、それともシヤとの口約束だったからか、あまり所属意識は無いんだがな。だがまぁ、使えるものはなんでも使うのが冒険者だ。ここはありがたく老舗の巨大クラン『連枝の縁』に蓄えられた叡智ってやつを拝ませてもらうか。
「かしこまりました。今、係りの者を呼び出します。少々お待ちください」
「頼んだ」
若干緊張する受付を済ませ、それとなしに辺りを見渡すと、大きな木製のボードが目に入った。前回来た時には、あんな物は無かったはずだが……。
気になって木のボードに近づいていくと、ボードにはいくつか紙が貼り付けられているようだ。その様子に、オレは既視感を感じた。もしかしてあれは……。
更にボードに近づくと、貼り付けられたエルフ紙に書かれた文字が見えてくる。
「雷の魔剣の買い取りに、光石の買い取り、守護結界に、マジックバッグまであるな……。ふむ。こっちは魔獣の討伐依頼か……。護衛依頼なんてのもあるな」
どうやら冒険者への依頼が貼り出されているようだ。道理で既視感があるわけだな。似たような物を冒険者ギルドで毎日のように見ていた。
「なるほど……。ギルドは落ち目だと聞いてはいたが……。こりゃ相当マズいな」
以前は、冒険者への依頼と言えば、全て冒険者ギルドを通したものだったんだが……。冒険者ギルドを無視して、クランが直接依頼を受ける形ができつつある。オディロンが言っていたが、クランが冒険者ギルドを通さない販路を築いているなんて話もあった。
このまま冒険者ギルドは形骸化していくのだろう。
しかし、冒険者に依頼を出す方からしたらどうだ?
いつの間にか冒険者ギルドが機能不全となったから、どこのクランや冒険者に依頼を出せばいいのか困っちまうんじゃねぇか?
それに、情報の共有という点でも、今のように個別のクランが幅を利かせている状態では、不都合があるだろう。他を出し抜くために情報を秘匿したりな。
それに、貴族やその上の王族にとっても、今の状況は不都合かもしれない。
冒険者と言えば聞こえはいいが、その実態はただの武装集団だからな。国の上の方に居る連中からしたら、管理なり監視なりしたい対象だろう。一つに纏められるなら、纏めたいはずだが……。
「どうなるのかねぇ……」
「お待たせいたしました」
涼しげな声に振り向けば、ハッと驚くような美女が居た。その顔の横に伸びる長い耳を見ればエルフだと分かる。まったく、エルフって種族は驚くほど美人揃いだな。いきなり近くで見ると、魂を抜かれそうな美しさだ。
「あぁ、あんたがその……?」
「はい。アベル様を資料室へご案内いたします」
ニッコリと笑みを浮かべられると、心を鷲摑みされそうな破壊力だ。シヤという恋人がいなかったら、きっと耐えきれなかっただろう。ありがとう、シヤ。君はオレの女神だ。
「こちらになります」
エルフ然とした美女の後ろを歩いて付いていく。しかし、こんな簡単でいいのか?
「これから資料室って所に行くんだよな?」
「はい。左様でございます」
わざわざ振り返って頷いてくれる丁寧なエルフ女性だな。
「知識ってのは、財産だ。そして、力でもある。それをホイホイと、ついこの間クランに入ったばかりの奴なんかに見せていいのか? なにか条件とかはないのか?」
「もちろんです。条件もございません。アベル様ですから」
なにが面白いのか、クスクスと笑みを零すエルフ。オレだから? どういうことだ?
「貴方はエヴプラクシヤ様が見初めた方ですもの。これ以上の信頼はありません」
「そういうもんか……?」
信頼してくれるのは嬉しんだが、こんなザルでいいのだろうか? オレは勝手に『連枝の縁』の情報管理能力の低さにムズムズした気持ちを覚えるのだった。
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