第95話 マクシミリアン③

 オレの居る処刑広場の反対側。貴族街の方から大きな歓声が聞こえてきた。マクシミリアンが現れたのだろう。


 人の波が左右に割れ、豪奢な白の鎧を身に付けた長身の男が現れる。流れるような金の長髪に、オレの姿を見つけると愉快気に細められた金の瞳。レベル8冒険者。この王都でも武力の頂点に立つ男。マクシミリアン・ド・ブルギニョンだ。


 処刑広場は、決闘者が出そろったことで、盛り上がりが最高潮になる。耳が痛いほど歓声と罵声が飛び交い、楽器まで演奏している奴も居るくらいだ。


 クロエたちを見ると、マクシミリアンの風格に恐れが蘇ったのか、表情を硬くしている。オレは、クロエの頭をポンポンと細心の注意を払って優しく叩くと、クロエの蒼白になっていた顔に、血の気が戻っていく。


「………」


 クロエがなにか口にするが、周りがうるさ過ぎて聞き取ることができない。クロエの言葉を掻き消すなんて、そんな大罪が許されるわけがない。騒いでいる連中を片っ端から“カット”したい衝動に駆られるが、なんとか自分を押さえつけた。そんなことをすれば、牢屋にぶち込まれてしまうからな。そしたら、クロエに会うことも難しくなってしまう。そんなのは御免だ。


「クロエ、オレは必ず勝って帰ってくる。約束だ」


 オレの声も民衆の声に掻き消されてクロエに届かないかもしれない。だが、オレはクロエに右の拳を差し出す。小指だけ立った右の拳。約束の証だ。


 クロエもすぐにオレの意図に気が付き、オレの小指に自分の小指を絡める。


 心を通わせるのに必要なのは、言葉だけではない。


 キュッと強く絡みつくクロエの細い小指を、オレは優しく包み込むように握る。力を籠めれば、折れてしまいそうなほど細く小さな指だ。まだぷにぷにと柔らかく、硬くなっていない。冒険者の指というよりは、少女の指だな。


 そうだよな。クロエはまだ尻に殻の付いた初心者冒険者だ。最初に比べれば驚くほど成長したが、クロエにはまだまだ教えたいことが山ほどある。


 オレが、クロエたち一端の冒険者に育てないとな。いや、オレがクロエたちを一端の冒険者に育てたいんだ。その役目を他に奴にくれてやるなんて御免だね。


 そのために、マクシミリアンの奴をぶっ飛ばさないとな。


「必ず勝利するさ。必ずな」


 オレはクロエに向けて、自然と笑みを浮かべることができた。


 そのことに満足し、オレはクロエの小指を離すと立ち上がる。


「………ッ!」


 クロエが、その顔に不安や恐怖を湛えたまま口を開けるのが見えた。相変わらず、クロエの声は群衆の歓声に掻き消され、聞き取ることができなかった。だがオレは、クロエの不安を全て晴らすことができなかったのだと覚る。


 言葉で晴らせないのなら、あとは行動でもってクロエの不安を晴らすしかないな。


 この決闘、負けるわけにはいかない。


 オレは努めてクロエから視線を外し、後ろを振り返った。


 先程から感じていたオレの命を狙う獰猛な肉食獣のような黄金の視線。予想通り、マクシミリアンが決闘場の中央で、オレを愉悦の表情でもって眺めていた。


 欠片も緊張していない悠々とした態度。奴にとって、オレは敵ではなくただの獲物に過ぎないのだろう。


 まずはその幻想をぶち壊してやる。


 オレの殺気を浴びても、マクシミリアンは小動もしなかった。それどころか、愉しそうに笑顔を深めるだけだ。


 オレの視線の先、マクシミリアンが右手を上げるのが見えた。その瞬間――――ッ!


 ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 轟音をもって閃光が迸る。雷だ。雲一つない快晴だというのに、マクシミリアンの右腕に雷が降ってきたのだ。


 バチバチッ! バチッ! バチバチッ!


 雷の直撃を受けたというのに、マクシミリアンは健在だった。全身からバチバチと放電しながら、笑顔を浮かべている。


 そりゃそうだろう。あの雷はマクシミリアンが起こしたものだ。その狙いは――――。


「「「「「「………」」」」」」


 突然のできごとに静寂に包まれる決闘場。あれほど騒がしかった群衆が、今やどよめきや悲鳴すら上げずに、マクシミリアンただ一人を注視していた。マクシミリアンの見せた極太の雷や、マクシミリアンの持つカリスマ性が成せる業だろう。


 そのマクシミリアンが満を持して口を開く。


「お集りの紳士淑女諸君。今日は私の主催する処刑式にお集まりいただき感謝しよう。どうか、心ゆくまで楽しんでくれたまえ」


 処刑式ね……。どこまでも舐め腐った野郎だ。


 マクシミリアンにとって、人を軽く消し飛ばせるような威力の雷も、人目を集めるためのデモンストレーションに過ぎない。


 マクシミリアンの言葉に、決闘場を取り巻く観衆たちは、堰が切れたように耳が痛いほどの歓声を上げる。


 しかし、マクシミリアンがまるで楽団の指揮者のように右手を握ると、一気に静寂が返ってきた。今や、観衆は完全にマクシミリアンに掌握されていた。凄まじいまでの人心掌握術。これがカリスマってやつか……。


「ああ、問題は処刑が速やかに終わってしまう点だろうがね」


 マクシミリアンの言葉に、観衆は失笑する。もはや、マクシミリアンの勝利は確定した未来のようだった。




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