第23話 昔に戻った

依頼の紙はエントランスの右側の壁にびっしりと貼り付けられていた。

冒険者は依頼の内容を確認し、依頼が済んだら依頼書とともに受付に持っていくことで報酬を得ることができるそうだ。


早速見てみると、薬草取りから獣退治まで幅広く貼られていた。

ヒロは迷わず、初級の薬草取りの依頼内容を確認し、外に出た。

この依頼を選んだ理由は、危なくなさそう、という他にもう1つあった。


それは、ヨウちゃんの”恩恵”によって、草の識別が直感的にできるようになったことだ。

あちらの世界で四葉のクローバーを見つけるのが得意な友達がいたのだが、彼が言うには、見ていると四葉の周りが明るく見える、らしい。


まさしくヒロもそんな感じだ。

だから、様々な植物が生い茂る森の中でも、目的の草花を簡単に見つけることができる。

そういうわけで、報酬は少ないが安全に稼げそうな薬草取りを選んだ。


「じゃあ、ヒロ。エレカんとこいこ」

今にも走り出しそうなサリに駆け寄り、二人で領主の屋敷に向かった。


「ヒロ、サリちゃん、よくきたね。待っていたよ」

屋敷に入ると、セレシドとエレカが迎えてくれた。

ヒロが気になったのはエレカの格好だ。

ドレスを着ていると勝手に考えていたが、実際はヒロと大して変わらない格好をしていた。

ただ、シャツもパンツもシミひとつなく綺麗で、ブーツに至っては光を反射し輝いていた。


「こんにちは。公女様、お身体はかなりよくなったみたいですね」

エレカはかなりよくなったらしく、ゆっくりだが自分で歩けている。


「はい、おかげさまで。お医者様にも、動けるようなら少し運動した方が良いと言われましたので」

彼女の柔らかな笑顔に、ほんの少しだけ見惚れた。

ふとサリに目をやると、エレカの方を見ながらくすくす笑っていた。


「ヒロ、気をつけなよ。エレカの本性は全然違うかガハッ」

突然ブーツが飛んできてサリの顔面に直撃した。

飛んできた方を見ると、エレカが何も履いていない脚をこちらへ伸ばしていた。


「あら、ごめんなさい足をつっかえてしまったわ」

もう一度エレカの方を見ると、飛んできたブーツを投げる直前だった。

投げ出されたブーツは一直線にエレカの方へと向かったが、病人だったとは信じられない反射神経で身体をそらせ難なくかわした。


「ふふん、病み上がりだから今日は大人しくしておこうと思ったのに」

避けられたのが腹立ったらしく、歪な笑顔を浮かべていた。


「ふふ、そちらから仕掛けたのでしょう?」

そういうとエレカはヒロの方を見て大袈裟にウインクをしてきた。

ヒロはなぜか手を挙げて反応した。


「ふふふ、そしたらまずはその口調を治して差し上げますわあ!」

「ふふふ、私に追いつけましたら考えなくもなくてよ」


サリが飛びかかる前に、エレカは全速力でエントランスを駆け抜け2階へと上がって行った。


「あ、ずるい!部屋の鍵はかけちゃダメだからね」

サリも急いで走っていく。


大丈夫なのかこれ。しかも公女様は病み上がりだぞ。


「ははっ、これでようやく昔のエレカに戻った」

そんな不安とは裏腹に、セレシドは愉快に二人の様子を見ている。


「あの、二人をほっといて大丈夫なんですか?」

ヒロの質問にセレシドは一瞬ぽかんとしたが、今度は質問の内容に笑い始めた。


「はは、そうだよね、私はこれが普通だったから。うん大丈夫、二人は元来こういう関係だ。ちょっかいを出したり出されたり、だけどいつも二人で笑っている」

エレカの本来の姿に驚きはしたが、良い友達関係なのだろう。


「あ、だけど公女様は病み上がりなのにこんな動いていて・・・」

「ああ、実はね、驚くほどすぐに元気になったんだよ。むしろ前より今の方が、寝ていた時に溜めた体力を使っているかのように元気に走り回ってる」

そうだったのか。

薬が効いたのか、彼女がたくましいのかはわからないが、とりあえずよかった。


「君が最後に会いにきてくれた時も、それまでずっと部屋で走り回ってたんだ。その時は流石に私も慌てたよ。あ、これ言っちゃいけないんだった」

エレカの新しい一面を知れてよかった。

談笑をしていると、セレシドがふと足元をみてハッとした表情を見せた。


「あ、すまない入り口にずっと居させてしまって。さあ入ってくれ」


通された部屋はとても広く、座ったソファもふかふかだった。

用意されたお菓子は元いた世界のものと比べると劣るが、紅茶のような飲み物からは花のいい香りがした。


ただ気になったのは、メイドの一人がずっとヒロに視線を向けてくることだ。

あからさまなので、時折そちらの方を向くと、すぐに視線を外す。

会ったことはないはずだが、どこかでみた気もする。


セレシドと話していると、廊下の方から大きな話し声が聞こえてきた。


扉が開くと、サリとエレカが肩を組みながら歩いてきた。

彼女らの服を見ると、所々に葉っぱや小さな枝、土がついており、外でやり合っていたことが一目で分かった。


「おいおい二人ともその格好は・・はぁ、まあいい。あとでシャワー浴びてきなさい」

セレシドも何かを言いたそうだったがグッと我慢した様子だった。


「ヒロ様、お隣よろしいですか?」

髪を直しながらエレカが尋ねてきた。


「あ、はい、いいですけど」

ヒロは二人がけソファの端に身体を寄せてできるだけスペースを確保した。

彼女はそんなことお構いなしにヒロと肩が接するほど近くに座った。

なぜか二人がけソファの一人分のスペースに二人が座っている。

もう一人分の場所にはサリが座った。


エレカはヒロの方へ顔を向けた。

「ヒロ様、冒険者登録はされたのですか?」

この至近距離で見つめ合うのはたまったもんじゃない。

思わず視線を逸らした。


「あ、はい登録してきました」

「あら、そうなのですね。それでしたらオレクにはあいまイタッ!」

エレカの頭にサリがチョップをした。


「だからエレカその話し方やめなって。ねえヒロ、エレカの本性気づいてるでしょ。諦めなって」

そう言われるとエレカはヒロの方を恐る恐る向いた。

なんて声をかければ良いかわからず、とりあえず笑った。

彼女はヒロの顔を見ると笑みをこぼし始めた。

やはり作り笑いが苦手らしい。


「あはは、まじかあ。まあそうだよねえ、こんな格好で帰ってくれば」

そういうと、突然彼女が覆い被さってきたかと思うと、ヒロの首に腕を巻き付けた。


「なんですか、公女様?!」

「公女様って呼ばないで。エレカでいい。ヒロ」

いきなりのことに訳がわからず、セレシドに目で助けを求めた。

しかし、なぜか目線を合わせようとせず、紅茶を楽しんでいる。


「うん、ありね。顔もガタイも特別良いわけではないけど、優しくて勇敢。そのギャップがたまらない」

何を言っているんだこの人は。


「やっぱりさ、うちに来なよ。お父さん本当にいいこと言ったと思ったんだよね。一緒にアカデミー行ってさ、卒業したら一緒にここ戻ってきてさ、そしたら、、あはは何言わせようとしてんの!」

そう言われ肩を叩かれた。

なぜか肩を叩かれた。


「まあだけどヒロが来てくれたら嬉しいよね。ね、ルーリエ」

急に名前を呼ばれ動揺したのは、ヒロをずっと見ていたメイドだった。


「えっ、はい、そうですね」

答えたメイドはどこか悲しそうだった。


「ねっ、ほらみんなヒロに来てほしいって。いいでしょヒロ」

みんなではないでしょ!


心の中で突っ込みながら先ほどのメイドを見ると、涙目でこちらを睨んでいた。

ヒロは正面に向き直り、エレカに揺らされている頭で必死に考えた。

気持ち悪くなりながらも、彼女を落ち着かせる方法を考えた。


出た結論は、先ほどからこちらを見てニヤニヤしているサリに助けを求めることだった。

「サリ、助けて」

彼女は慌てて口元を手で覆うと、真剣な顔つきとなった。


「分かった」

そういうとサリは立ち上がりエレカの身体を抱いたかと思うと、後ろに思いっきり投げた。


「せいやっと!」

エレカは部屋を転がっていき、少し先で止まった。


ヒロは突然起こったそのカオスな状況にひどく困惑し、当事者たちを見渡した。

サリは満足そうに手を叩き、メイドたちは慌てる様子もなくずれたカーペットを直している。

セレシドに至っては、終始、紅茶を楽しんでいた。

呑気にメイドに質問をしていた。


「うん、うまいなこの紅茶。葉っぱ何?」

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