第45話 話題の中心

いつの間にか周りは暗くなっていた。

ヒロは、ただひたすらにカラの葉を採集していた。

何も考えない時間が必要だった。


葉を手に持ちながら、重い足取りでギルドへと戻った。


ヒロは街に戻ることを少し躊躇した。

誰かに会ってしまうと、せっかく落ち着いた心が再び激しく揺さぶられる、そんな気がしかたからだ。


しかしギルドに着くと、やってきた少年一人に見向きをする冒険者はいなかった。

どうやら、あの古代遺跡の入り口がなくなってしまった、と大騒ぎになっているようだった。


そんな冒険者たちの中で、一際大きな声で周りを煽っている男がいた。

そいつを見た途端、思わず人混みに隠れた。

大きな身体の熊人が、そこにいた。


「なんだってんだよなあ!せっかくこいつがあるっていうのによお」

そう言ってブルが掲げている紙には見覚えがあった。

第二層の街の地図だ。


ヒロはそこで初めて、あの地図がブルに盗られていた事に気がついた。

落ち着いた心がざわざわし始める。


その男は、不満を言いつつどこか嬉しそうだった。

隠しきれていないその笑顔が、ヒロの敏感になっている神経を逆撫でする。


ふと、ヒロの周りが明るくなっていく。

彼はすぐに、それが自分の身体から漏れ出る銀色の”煙”に気がついた。

深呼吸をして心を落ち着かせる。

銀色の”煙”はすうっと自分の身体に戻った。


なるべく目立たないように受付の方へと移動した。

猿人の受付嬢は何やら忙しそうに書類を整理している。

その様子に気が引けたが話しかけた。


「すみません」

「はいっ!」

その女性は笑顔で顔をあげたが、ヒロの姿を、そして彼が手に持つ葉をジロジロと見ると一気に声のトーンが下がった。


「ああ、薬草ですね。冒険者カードはありますか?」

急いでカードを彼女に渡す。

受付嬢はそれを見ながら何やら紙に書き記している。


「はい、そしたら薬草もいただきます」

彼女はヒロが手渡した薬草を後ろに置いてある天秤のようなものに置いて重さを計っている。

結果を紙に書き記した後、机の引き出しを開け報酬の準備をしている。

彼女はなぜかイライラした様子で、ヒロに数枚の硬貨を手渡しした。


「どうぞ」

そういうと、受付嬢は再び自分の仕事へと戻った。

ヒロは硬貨を強く握りしめながらギルドを後にした。


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リーシャはギルドに住み込みで働いている少女だ。

数ヶ月後に入学するアカデミーの学費を稼いでいる。


いつもは資料整理や掃除など雑務を任されていたのだが、今日は違った。


原因はアルティア古代遺跡の入り口がなくなってしまった事にある。

ギルド長はもちろん、職員の多くが現場に赴いてしまった。

そのせいでリーシャは慣れない受付の業務を任されていた。

加えて資料整理の雑務も行わなければいけない。


うわべを繕うことは上手な彼女もその日だけはストレスが溜まっていた。

いつもは後ろで綺麗に束ねられている赤みがかった茶髪もその日はボサボサしていた。


空が暗くなってきた頃、一人の少年がやってきた。

顔には汚れがびっしりとついており、着ている服は所々破れている。


リーシャは自身の笑顔が崩れていくのを感じた。

あれほど職員から笑顔を崩すな、と注意されてきたのに。

しかし、彼女は無理に笑顔を戻す気にもならなかった。


そしてその少年が持つ薬草を見た時、無性に腹が立った。

こんな忙しい時に、そんなちっちゃな仕事持ってこないでよ!


その少年に対して不誠実な態度を取っていたと気づいたのは、仕事を済まして帰り支度をしている時だった。

心をモヤモヤとさせながら、リーシャは職員用の裏口から外に出て、下宿先へと向かった。


「えっ?」

リーシャは足をとめた。

目の前に誰かが倒れている。


面倒臭いことはもうこりごりだと思い、なるべく距離を開けながら先へと進もうとした。

しかし通り過ぎるときに、ちらっと倒れている人の顔をみた。


「あっ」

それは夕暮れ時に薬草を持ってギルドにやってきた少年だった。

ゆっくりと近づくと、彼の手には薬草が握りしめられているのが見えた。

どうやら再び採集をしてきたらしい。


「大丈夫、君?」

思わずリーシャは声をかけた。

しかし反応はない。


もしかして・・

そんな嫌な想像は彼の小さな寝息によってかき消された。


リーシャはとても疲れていた。

しかし、心のモヤモヤがこの少年を放ってはおかなかった。


はぁ、と深くため息をつくと、リーシャは少年の頬をペチペチと叩き始めた。


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