第44話 生還者

ヒロが戻る2日前、ブルは地上へと生還した。


包まれていた転移陣の光が消えると、彼は森の中に一人佇んでいた。

あの肉食植物の森から抜けられていないのでは、と困惑したが、自分を照らす夕日が不安をかき消してくれた。


「おっしゃあ、帰ってきたぞお!」

ブルはひとり、喜びの舞を踊った。

一通り騒ぎ終わると、ブルは移動を始めた。


しばらくすると森を抜け、エレーネの街が見えた。

街と自分の位置からして、どうやら遺跡の入り口とは全く違う場所に転移させられたらしい、とブルは悟った。


しかし、そんなことはどうでもよかった。

ブルは遺跡から命懸けで運んだカバンを両手いっぱいに持ち、街の方へ歩き出した。

そのカバンの中には、遺跡で採集した植物や果実、そしてヒロからこっそり奪った地図が入っていた。


こいつらを高く売って、俺は大金持ちだ。

そしてあわよくば、俺は一等星冒険者になれるかもしれない!


期待を膨らませたその巨体は、疲れていることを忘れ自然と走り出した。


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ヒロが戻る1日前、イライザとリリーは地上へと生還した。


倒れている二人にそよ風が吹く。

その気持ちよさに、リリーが瞑っていた目を開けた。

そこには青空が広がっていた。


「帰って、来れたのね」

リリーは何とか羽ばたいて身体を起こす。

すると、同じく倒れているイライザの姿が視界に入った。


「イライザ!」

急いで彼女の方へと向かう。

近づくと、イライザは小さく呼吸をしていた。

まだ生きていることにほっとしたものの、イライザの容体は依然として深刻だ。


早く助けを呼ばなくては!


リリーはあたりを見渡した。

そして絶望した。


自分たちがいるのは知らない草原だった。

片手には森が広がり、片手には崖が切り立っている。

家などは建っておらず、あるとすれば丘の上にある大樹だけだ。


どうしてエレーネの街の近くに転移させてくれなかったのか。

そのあまりの理不尽さが悔しくて仕方がない。

しかしリリーは諦めなかった。


誰でもいい。誰でもいいからこの子を助けてっ!


ふと、大樹の根元で何かが動く様子が目に入った。

リリーは急いでそちらに目線を向けた。


そこには緑色の髪を持つおじいさんと女の子がいた。


リリーは残っている全ての力を振り絞って彼らの元へ飛んだ。


理不尽なんかじゃなかった。

彼女の目から流れる小さな涙が、風に乗って運ばれていく。


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ヒロが戻った日、エレーネのギルド長であるオレクはアルティア古代遺跡の調査ミッションについて職員たちと話していた。


というのも、嬉しいことに遺跡からの生還者が2人現れたからだ。


彼らから聞いた話によると、遺跡は二層から成っており、一層目には黒色の毛をまとった獰猛な獣が暗闇の中待ち構えており、二層目には大型の動物すら喰らう巨大肉食植物がいる自然が広がっているらしい。


聞いている時は半信半疑だったが、生還者の一人、2等星冒険者のブルが持って帰ってきた遺跡内で採集した植物や古代文明の街の地図によって、一気に話に現実味が帯びた。


生存者二人の話を聞こうと、昨日はギルド内に大勢の人だかりができていた。

ブルが自慢げに遺跡から採集したものをカバンから出すごとに、どよめきが起こった。


口達者に思い出話をしていたブルだったが、他のパーティメンバーについて聞かれた時は、やけに静かになった。

ブルが説明したところによると、一層で多くが死に、そして二層で肉食植物に追われた時に他のメンバーと逸れてしまったらしい。


その静かな様子に、メンバーのことを思って気が沈んでいると周りの冒険者は思っただろう。

彼が気まずさを感じているとは知らずに。


兎にも角にも、オレクは二人の話を聞いて、このミッションは事前の準備をしっかり行えば対処できるものと判断し、ミッションレベルを超級に戻すことをたった今決定した。


「何も知らないことが、一番の恐怖だ」

そう言いながら、早速オレクは遺跡攻略をする準備を開始した。

神秘に包まれた古代文明の技術がすぐそこにあると思うと、自然と笑みが溢れる。


突然、何者かがギルドの2階へと続く階段を勢いよく登ってくる音が聞こえた。

その音が途切れると、すぐさま扉を勢いよく叩く音がオレクがいる部屋に響いた。


「入れ」

入室の許可をすると、勢いよく扉が開かれた。

そこにいたのは、ギルドが遺跡の入り口の警備を任せていた冒険者だった。

彼は全速力で走ってきたようで、頬を赤く染め上げ息を切らしていた。


「大変ですっ!」

その一言にオレクの小さな背筋が伸びた。

何かが起こったのだ。

もしや生存者が現れたのか。

はたまた、怪物が遺跡から出てきたのか。


しかし、その冒険者が放った言葉は予想したどれにも当てはまらなかった。


「遺跡の、入り口が、なくなりましたっ!」


オレクはその言葉の意味をすぐには理解できなかった。

しばらく固まっていた彼の口から、やっと言葉が漏れ出た。


「はああ?!」


結局オレクは現場を見るまで、冒険者が放った言葉を受け止めることはできなかった。

しかし、本来そこにあるべき入り口がなくなり、ひたすら岩の壁が続くのを自分の目で見ると、オレクは力なく膝から崩れ落ちた。

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