第43話 第四層

身体が揺れているのを感じる。

ただ、自分では動いていない。


ゆっくりと目を開けると、そこには暗闇の世界が広がっていた。

そこで暗闇の中をを見るため目に力を入れる。


「うわっ!」

心臓が止まりかけた。

目の前にあの巨像の顔があった。


逃げようとして身体を起こそうとするが、痛みに加え、倦怠感で全く力が入らない。

しかし、巨像はヒロが起きたことに気づいていないのか、こちらに見向きもしない。

危害が加えられる様子はなかった。

ほっとしたものの不安は残っていた。


なぜ僕は生きているんだ。


そんな疑問を浮かべながら、周りを見渡した。

ヒロは巨像の手のひらの上にいる。

そして、この巨像は階段を降りている。


上の階からどのくらい降りたのだろうか。

入り口は巨像の身体で隠れてしまっており、見ることはできなかった。

一方、出口も未だ見えない。


巨像はただひたすら真っ暗な階段を降りていく。


それは突然だった。

下の方から微かに光が見えた。


出口だ。


身体が再び緊張し始めた。

自分は何をされるのだろうか。

下に何が待っているのだろうか。


巨像が通れるほど大きい出口を通り過ぎ、ヒロは新たな階層へと到着した。


「なんだ、ここは」

そこには大きな神殿があった。

先ほどの街にあったドームより遥かに大きい。


岩で造られたであろう太い柱によって形作られたその神殿は、まさしく完璧な状態であった。

壊れている部分は見当たらず、荘厳たる風格を感じ取れた。


目を見張ったのは、神殿の中央から伸びる巨大な柱だ。

見上げても、どこまで伸びているのか見えないほど高くそびえたっている。

あの巨大な柱を中心として、この神殿は建てられているようだ。


ヒロがその神殿に見入っている間にも、巨像は先に進んでいた。

巨像は神殿まで続く道を歩いている。


その神殿までの道の両側には、自分を運んでいる巨像と同じものが、ひたすらずらっと並んでいた。

こいつらも動くのではないか、とヒヤヒヤした。

自然に呼吸を殺した。


ようやく神殿の前に辿り着くと、巨像より遥かに大きい門が入り口を閉ざしていた。


この巨像でも、この門は開けられないだろう。

そんなことを思っていると、門の両側の壁がゆっくりと動き始めた。

それは人の足のような形をしていた。


まさか、と思い上を見上げる。

そこには腕を伸ばして門を開けようとしている、2体の超大型の巨像がいた。

自分を運ぶこの巨像が、まるで赤子のように思えるほどの大きさだ。


門が開いていき、中の様子が見え始めた。


ヒロは息を飲んだ。

そこには森があった。

みずみずしい緑の葉が視界いっぱいに広がっている。


しかし、ふとこの森に違和感を感じた。

木の幹が見えない。

葉の部分が地面のすぐそばまで伸びているためであろうか。


疑問を浮かべていると、巨像が突然手を下げていきヒロを地面におろした。

身体はまだ立ち上がることはできず、地面に倒れながら森の方を見た。


「あっ!」

その時、ヒロは違和感の正体に気づいた。


これは森ではなかった。

その証拠に、地面から一本の木も生えていなかった。


ヒロは頑張って仰向けになる。


「っはは」

思わず笑みが込み上げた。


それは一本の大樹だった。


ヒロの視界には、天井から下へとたくましく成長する巨大な樹が映った。

柱かと思っていたのは、この樹の太い幹だったのだ。


「綺麗でしょう」

突然ヒロの後ろから男性の声が聞こえた。

反射的に身体が飛びあがろうとするが、痛みで起き上がることはできない。


ヒロはゆっくりと声がした方に身体を向ける。

そこには椅子に座った一人の老人がいた。


全身がやつれており、四肢は骨と皮しか残っていないような細さであった。

しかし、しわしわな顔の中で瞳はしっかりと彼を見つめていた。


「だれ、ですか?」

ヒロはその老人から距離を開けようとする。

しかし、どうにも身体がいうことを聞かない。


「これを、食べなさい」

老人がつぶやいた。

すると周りの地面から銀色の”煙”が出始め、そして波を打つように動きながら何かを運んできた。


それは小さな赤い果実だった。

地上では見たことはないものだった。

手に取ってみると、その小ささからは考えにくい重さをしていた。


「あの、これは?」

初見で食べるのは抵抗があり、思わずその老人に聞いた。

しかし、答えは返ってこなかった。

老人は目を閉じて深く息を吸っている。


もう一度持っている果実に視線を移す。

食べるのは勇気がいる。

しかし、その果実を見たせいで、自分がお腹をすかせていることを身体が思い出してしまった。


ヒロは、勢いに任せその果実を口に放り込んだ。

舌の上を転がしていくと、ほんのりと甘さを感じた。

そして、口に変に力を込めながら、その果実をゆっくりと噛んだ。


次の瞬間、口の中いっぱいに甘い果汁が広がった。

あまりに多くの果汁が口の中に流れたため、思わずむせ返りそうになる。


そしてこれから起こった現象はヒロをさらに驚かせた。


果汁は、飲み込む前になくなってしまった。

というよりも、身体の中に自然に溶けて入っていった。


全身に果汁が流れていくのを感じていると、なんと身体の痛みも同時になくなり始めた。

身体が生き返るのを実感した。


四肢の先端まで行き渡ると、果汁の気配は消えた。

ヒロは恐る恐ると身体の向きを変えてみる。

身体の痛みは消えていた。


ゆっくりと立ち上がると、その老人の方を見た。

恐る恐る、彼の元へ歩き始めた。


「あなたは、誰ですか?」

聞きたいことはたくさんあった。


ここはなんですか?

ここで何をしてるんですか?

あの果実は何なんですか?


しかし老人は目を閉じていて何の質問にも答えなかった。

反応がないことに最初は戸惑いを感じていたが、だんだんと不安になってきた。


もしかして死んでるんでは?

そう思い、ヒロは老人の肩にゆっくりと手を伸ばした。


「私は」

突然老人が目を開けて話し始めた。

ヒロは急いで伸ばした手を引っ込めた。


「ここを、守らなくてはいけなかったんだ」

そういうと、老人はヒロの方に視線を移した。


「すまなかった。君を信じることが、できなかった」

その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「君は、優しい。自分を犠牲にして、誰かを助けることが、できる」

老人はゆっくりと細い腕を伸ばしてきた。


「そんな君を、あの子は信じた。私も、信じよう」

細い腕がヒロの手を弱々しく掴んだ。

するとその老人は、涙が伝っている自分の頬に、ヒロの手を添えた。


次の瞬間、ヒロの身体から銀色の”煙”が溢れ出してきた。

それはこれまで感じた3つの”煙”よりも濃く、そして大きかった。

ヒロは、自分の身体から溢れ出る強大な力に思わず恐怖を覚えた。


「何ですか、これ。何をもらったんですか、僕は?!」

身体を震わせながら、ヒロは老人の方を見た。


彼はヒロの方を見てうっすらと笑顔を浮かべていた。


「その力で、ここの入り口を閉ざしてほしい。そして、ここのことを、誰にも言わないでほしい。ここは、世界の中心だ」

突然、ヒロの足元から銀色の”煙”が現れた。

見ると、それは転移陣の模様を描いていた。

彼はこれから自分の身に起きることを悟った。


「待って、まだ聞きたいことがっ。あなたは、誰なんですかっ!」

そのわずかに緑がかった白髪の老人は最後に質問に答えてくれた。

視界から消えていく彼は確かにこう答えた。


「私は、大地の神だ」


身体が光に飲み込まれていく。


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気がつくと、ヒロはどこかの洞穴の前に佇んでいた。

一拍遅れて、太陽の日差しを上から感じた。


出れたんだ、外に。


「そこのお前、何やってんだぁ!」

喜びに浸っていると、後ろから怒鳴りつける声が聞こえた。


振り向くと、屈強そうな身体付きの猿人の男がヒロの方へ歩いてくる。

その男は不機嫌そうな顔でこちらをじっと見ていた。


「お前は誰だ?」

ヒロは虚ろなまま、冒険者カードを探した。

その時、バッグと中身は全て置いてきてしまったことに気づいた。

ただ、幸運なことにカードだけはパンツのポケットに入っていた。

カードを見せると、その男はさらに不機嫌そうな顔をした。


「何だ6等星じゃないか。さっさと街に戻れ」

そういうと、ヒロの身体を押して洞穴から離れさせた。


ヒロはしばらくぼぉっとその場に立ち尽くしていたが、遺跡で最後に見た景色、そして最後に言われた言葉を思い出した。


「あの、ここは?」

男に尋ねた。

その男は明らかにめんどくさそうな表情で答えた。


「お前、知らないで来たのかよ。あのな、ここはアルティア遺跡っていうめちゃくちゃ危険なダンジョンの入り口だ。早く帰って薬草取りでもしてろ」

男はぶっきらぼうに話すと、入り口の方へと向かった。


ヒロはその場に立ち尽くしていたが、1つ聞かなくてはいけないことがあるのを思い出した。

「あのっ!僕と同い年くらいの女の子をここにいませんでしたか?」

「知らんっ!」

その男は後ろ向きのまま、強い口調で答えた。

ただ、本当に知らない様子ではあった。


ヒロは、最後に遺跡の方をちらっと見ると、言われた通り薬草を探すため森の中へ入って行った。


その後方では古代遺跡の入り口が、突然盛り上がり始めた壁によって塞がれかけていた。

警備を任されていた男の冒険者は、ただただその様子を見ているしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの少年は無事に帰っただろうか。

それはどうやら杞憂だった。

遺跡の入り口が閉じられていくのを感じる。


「ふふっ」

老人は一人静かに笑った。

もう少し話していたかった。

そして伝えたかった。


この世界の真実を。

私たちは誰なのかを。


老人は命が尽きるまで、地面に文字を刻み続けた。


未来のあなたに向けて。

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