第42話 お守り

この姿を周りから見ると、きっとおかしく思えるだろう。


羽はもらったが、すぐには飛ぶことができなかった。

ぎこちなく動かしてはいるものの、足が少し浮くくらいだ。

しかし、羽があることで自分の体重が軽くなっているのを感じる。


ヒロは飛ぶことを諦め、羽の角度を変え後ろ向きに動かした。

すると前方向への推進力が加わり、先ほどと比べて明らかに早く走ることができた。


全力で足を回し、転移陣へと向かう。

巨像の足音も徐々に遠ざかっていく。


しかし、しばらくすると、ふと足音が聞こえなくなった。

代わりに聞こえたのは、重低音の咆哮だった。


「ウオオオオオッ!」

後ろを振り返ると、2体の巨像が地面に手を叩きつける瞬間が見えた。

ヒロは反射的に、進路を90度曲げてその場から離れた。


直後、彼がいた地面が波打ち針のように鋭利な姿へと変形した。


ヒロはそこからジグザグに進路を取り始めた。


間一髪のところで交わしながら、必死で走る。

巨像がヒロの進路を予想できるほど、賢くなかったのが幸いだった。

転移陣までもう少しだ。


しかし、巨像も彼がどこを目指しているのかはわかっていたようだ。


転移陣まであと10メートルほどのところで、再び地面が揺れるのを感じた。

ヒロは急いで、右へ移動した。

しかし移動した先の地面も、プルプルと震えていた。


しまった


咄嗟に、イライザを転移陣の方へと放り投げた。

その直後、地面が変形していく。


盛り上がっていく地面に衝突し、ヒロの身体が宙に浮かぶ。

そして放り出された身体は、重力に従い地面へと落ちた。


全身のあらゆる部分に強烈な痛みを感じながらも、イライザの方を見た。

しかし彼女の姿は、盛り上がった地面の壁に遮られ見えない。


必死に身体を起こそうとしていると、上から巨大な手がヒロの身体を覆った。

巨像は太い指で彼を持ち上げていく。


離れていく地面に恐怖を抱きながらも、壁の向こうにいるイライザの姿をみた。

彼女に動く気配はなかった。


「イライザっ」

ヒロの小さな呼びかけが聞こえるわけはなく、虚しく自分の耳のみに入ってくる。


そんな彼女の元へ、もう一体の巨像が近づいている。

その巨像はイライザを見下ろすと、ゆっくりと腕をおろしていく。

しかし、巨像の元へ何かが向かうのが見えた。


「この子に近づかないでっ!」

リリーは巨像の手に掴まり、上にあげようと必死に羽をはためかせている。

しかし、彼女はあまりにも小さかった。


違和感を感じた巨像が手を振ると、彼女は勢いよく地面にはたき落とされた。

その小さな身体は、もう起き上がることはなかった。


巨像は再び、イライザの方へ手を伸ばしている。


動いてくれっ、イライザ


巨像に掴まれながら、ヒロは必死に願った。

しかし、巨大な手は彼女の身体を今にも覆いそうだった。

彼は思わず下に視線を落とした。


ふと、自分が持ってきたリュックが視界に入った。

中のものが散乱している。


その中にあるものを見つけた時、ヒロの身体は震えた。


それは小さなお守り。

ヨウちゃんが作ってくれた草のお守りだった。


「くああっ」

ヒロはその小さなお守りに意識を集中させる。


”煙”がお守りに到達した時、何かがヒロの身体に入ってきた。

それはとても暖かく彼の心を満たしていく。


”ヒロ”

誰かに呼ばれた。


「元気で帰ってきてね」

姿は見えなかったが、ヒロは確信した。


これはヨウちゃんだ。

彼女が自分を想う気持ちだ、と。


それは一瞬の事だったが、気持ちが溢れてきて目頭が熱くなる。

同時に、そのお守りの中に込められていたヨウちゃんの想いが力となって、ヒロの中へと流れ込んでくる。


ありがとうヨウちゃん。

使わせてもらいます。


お守りを形作っていた草が解かれ、それらがものすごい速度で太く長く成長していく。


一本が巨像の足元に絡みつき、バランスを崩して倒れていく。

放り出されたヒロの身体にも草が絡みつき、宙に浮かんだまま地面の壁を超えていく。


もう一体の巨像の足元にもすでに草が伸びており、勢いよく足に絡みつくと巨像はなすすべなく膝をつきながら倒れた。


ヒロは地面に降りると、まず近くで倒れているリリーの方へ向かった。

意識はあるようで、ほんの身体を小さく揺らしているのがわかった。


「ヒロ」

リリーは小さくつぶやいた。


「イライザを、お願い。私は、だめみたい」

ヒロはそう言っている彼女を、手のひらでゆっくりと持ち上げた。

リリーは人間に触れられたことに驚いてバタバタと羽を動かしたが、しばらくすると小さく笑い始めた。


「あとで全部、説明してもらうわ」


足をひきづりながら、イライザの元へと向かう。

彼女もなんとか呼吸をしている、という様子だった。


ヒロはリリーを彼女の身体の上に乗せると、二人の元へ草を伸ばし、イライザの身体を持ち上げた。


ゆっくりと、二人を転移陣へと運んでいく。


その様子を見ながら、ヒロはその場で膝をついて身体を倒していく。

使える草は二人を運んでいるので最後。

すでに身体は限界だった。

立つことに使う体力すら削って、草を動かしていた。


二人が転移陣の上に下ろされていく。

そして地面が光り出すと、次の瞬間二人の姿は消えた。


ヒロはそれを見届けると、張り詰めていた緊張の糸が切れ、どっと身体が重くなっていく。


ゆっくりと巨像が近づいてくるのを感じながら視界は暗くなり始める。


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