第41話 羽

「これは、まずいわね」

2体の巨像を見上げながらリリーが小さくつぶやいた。


「うん、ここにいちゃダメだ」

そう直感し、イライザとともに巨像から距離をあけようとする。

しかし、ヒロがイライザに声をかけると同時に、一体の巨像の腕が動き始めた。


握られた手が振り上げられていく。

その巨大な拳は確かに二人の方に向けられていた。

そして巨像は勢いよく拳を振り下ろし始める。


「飛んで、イライザ!」

咄嗟にそう叫んだ。

イライザは一瞬驚いた様子だったが、すぐに状況を飲み込み羽を生やした。

ヒロもガリちゃんの”恩恵”を使って、身体能力を向上させる。


二人が左右に分かれた直後、巨大な拳が地面を殴った。


「うわっ!」

衝撃波が地面を伝ってきた。

殴った跡がクレーターとしてくっきりと残っている。


一発でも当たればひとたまりもない。


渾身の一撃を避けられたその巨像は、ゆっくりとこちらに身体を向けて近づいてくる。

ヒロはできるだけ距離を空けるため必死で走る。

大きいと思っていたこの建物が今となってはとても狭く感じる。


走りながらイライザの方をみた。

無事に逃げられたようで、飛び回っている様子が見えた。

しかし彼女へ向かって、もう一体の巨像が腕を伸ばしている。

ただ、イライザも何とか隙間を掻い潜って逃げている。


巨像たちの動きがそこまで早くないのが幸いだった。

体力が尽きるまでに、何とか奥の転移陣へと向かわないと。


ただ、あの転移陣も一回しか機能しない恐れがある。

そのため、ヒロたちは同時に転移陣へと入らなくてはいけない。

幸い二人が同時に立てるスペースはありそうだ。


「イライザ、転移陣を目指すんだ!」

降り注ぐ拳の雨を避けながら、彼女に呼びかける。


「はいっ!」

イライザは巨大な手を避けながら、ヒロに向かって叫んだ。

彼女が全力で飛ぶ速度は早く、巨像との距離をどんどんと広げている。

後少しで、転移陣に着きそうだ。


いける、と思わず油断してしまった。


「ウオオオオッ!」

突然、イライザを追いかけていた巨像が雄叫びを上げた。

そしてどういうわけか、両手を地面に着けた。


次の瞬間、飛んでいるイライザの下の地面がまるで針のように変形し、彼女の方へと伸びていく。


彼女も異変に気づき必死に身体の向きを変える。

しかし、針となった地面がイライザの片羽を貫いた。


「あっ!」

イライザは身体のバランスを崩し、地面に勢いよく落下した。


「イライザっ!」

ヒロは進行方向を変えて、急いで彼女の元へと駆け寄った。


そんな彼女の元に、先ほど地面に手をつけていた巨像も腕を振り上げながら走ってきている。

それを見たヒロは、無意識に自分の身体に”恩恵”をまとわせていた。


「おりゃあっ!」

イライザの元へ振り下ろされていく腕に、全力で突進した。

まるで岩の壁にぶつかったような衝撃に、ヒロは勢いよく跳ね返され地面を転がった。


しかし体当たりによって、巨像の拳は何とかイライザの横へとずれてくれた。

ほっとするのも束の間、ヒロは彼女の方へ目を向けた。


「イライザ、しっかりして!」

リリーがイライザのそばで飛び回りながら、震えた声で声をかけていた。

イライザは必死に何かを言おうとしているが、声に出せない。

近づくと、彼女はヒューヒューという音を立てて苦しそうにしていた。


2体の巨像が近づいてくる。

ヒロはイライザを担ぎ、必死に転移陣の元へと走る。

しかし残念なことに転移陣まではかなり距離があった。


ドシンドシン、という巨像の重い足音がどんどんと近づいてくる。

このままでは追いつかれる。


その時、1つの案が浮かんだ。

本来、それを実行するには信頼関係を構築するために多くの時間が必要だ。

しかし、ヒロには遠慮する暇はなかった。


「リリー!」

ヒロはイライザの横で飛び回る神様にお願いをした。


「僕に、”恩恵”を与えてくれ」

リリーは何の反応も示さなかった。


「今だけでいい、今だけでいいから僕に君の力を分けてほしい!イライザを助けるために」

その神はしばらくこちらを見ていたが、何も言わずにゆっくりとヒロの後ろへと飛んで行った。

すると、首元にちくっと何かが刺さったような感覚があった。


次の瞬間、ヒロの身体から白い”煙”が溢れ出してきた。


「まず、背中に意識を集中させて」

リリーがヒロの横を飛びながら説明を始めた。

信じてくれたことに嬉しさを感じながら、すぐに白い”煙”に意識を向ける。

そして背中へと”煙”を移動させていく。

すると、背中が暖かくなっていき、そこから何かが生えてくる感覚を覚えた。


「次は背中に羽が生えてくるのをイメージし・・・」

リリーが言葉を詰まらせた。

なぜなら彼女は確かに見たから。


目の前の少年の背中から広がっていく大きな白い羽を。


「ふう、やっぱりすごいわね、あなた」

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