第7話 狼人ガリア族

森を歩いて10分ほどは経っただろう。

日差しが木々によって遮られており、比較的過ごしやすい環境だ。

ただ、いかんせんここ十数年まともに運動していなかったので、ヒロの体力の減りは激しい。


「ヨウちゃん、街までどれくらいで着くの?」

「えっとね、一番早いルートで行くから暗くなる前には着くと思うよ」

半日以上はかかりそうな行程に、ヒロはヨウちゃんに聞かれないように静かに深呼吸した。


森の中はジャングルのようになっていた。

地上付近には背の低い様々な植物が生い茂っている。

奇妙な鳥の鳴き声も常に聞こえてくる。


加えてこの森には肉食動物も生息している。

昨日の夜、二人が説明してくれたおかげで、茂みが揺れるたびに身体がビクッと震えた。

ヨウちゃんと一緒でよかった。

前を歩く小さな背中を見ながら、ヒロはそう思った。


歩いて数時間、二人は近くの木陰で昼ご飯を兼ねて休憩を取ることにした。

ヨウちゃんはまだまだ元気な様子で、きのみをたくさん取ってきた。


「そういえば、昨日話してたガリア族には会わないね」

ガリア族とはこの森をすみかとする種族で、この森の名前の由来ともなった。

狼から進化した人種のようで、二足歩行で立ち、独自の言語を話して生活している。

他の人種にも友好的で森の特産品を売って生計を立てている。


ほぼほぼ会えると聞いていたために、ヒロは少し緊張しながらも楽しみにしていた。


「うん、どうしてだろうね。何かあったのかも」

「何かって・・・」

そう聞こうとした瞬間、これまで聞いたこともないような大声でヨウちゃんが叫んだ。


「伏せてっ!!」

声に気圧されて、ヒロの身体は勝手に動いた。

それと同時に周りの草がものすごいスピードで伸びていき、ヒロの前に草の壁が出来上がった。

その瞬間、ブシュッ、という音がしたかと思うと、草の壁に弓矢のようなものが刺さっているのが見えた。


「なっ、なに?!」

頭の整理が追いつかず、ヒロの口から情けない声が出た。

 

「わからない!誰かが攻撃してきた!」

「攻撃?!」

ヒロはただ頭を伏せておくことしかできなかった。

その間にヨウちゃんは、壁をさらに厚くしながらヒロを囲い出す。

ただ、壁の中にヨウちゃんはいない。


「ヨウちゃん!どこいくの?!」

今にも走り出しそうな様子に、ヒロは思わず声をかけた。


「誰がやったのか調べてくる!その中は安全だから待ってて!」

そういうと、草の壁は完全にヒロを囲った。

それからヨウちゃんが帰ってくるまでの数分間は彼にとってひどく長く感じた。


「ヒロ」

壁の外から声が聞こえる。


「ヨウちゃん!心配したよ、大丈夫だった?」

「あたしは大丈夫。ヒロは大丈夫?また何かされた?」

「こっちは大丈夫。それで、だれかわかった?」

「うん、ガリアの義勇兵だった」

「ガリア族?!」

攻撃を仕掛けてきたのは、友好的と言われていたガリア族だった。


「ヒロはここでじっとしてて!あいつらここに来る!」

そうヨウちゃんが言った数秒後に、弓矢がまた飛んできた。

先ほどよりも威力が強く矢は壁を貫通したが、速度が足りず内側に落ちた。

ヒロは物音を立てずただじっとしていた。

相手も痺れを切らしたらしく、複数の足音が草むらをかき分けてこちらに近づいてくる。

そして少し先のところで足音がやんだ。


「*********!」

突然彼らが何かを叫んだ。

しかし、ヒロは彼らが何を言っているのか全くわからなかった。

どうやら違う言語らしい。


「出てこい、さもなくば力づくだ!って言ってる」

横にいたヨウちゃんが通訳してくれた。

うぅ、知りたくはなかった。


「*******!」

「無視するつもりかっ!!だって」

声のトーンまで真似しなくていいって!

ヒロは怖がりながらもどうすればいいかを必死に考えた。

そんなことお構いなしに、兵が再びヒロに向かって叫んだ。


「そこの者、出てこい!さもなくば力づくで引きずり出す!」

それはマーレ語だった。


「ちょっと待って!」

ヒロは思わず叫んだ。


「なんで僕を襲うんだ?!僕が何をしたって言うんだよ?!」

恐怖と不安で声が震えている。


「お前らが一番知っているだろ!」

兵はヒロの言い分を全く聞こうとはしなかった。

知らないよ!

それに”お前ら”ってどういうことだ?

とりあえずさらに怒らせたことは確かだとヒロは悟った。


「多分ヒロ、誤解されてると思う。ちゃんと話したほうがいいかもしれない」

一方ヨウちゃんはかなり冷静に状況を見ていた。


「・・・わかった。ヨウちゃんこの壁を取ることはできる?」

「うん」

壁を作っていた草はみるみる短くなっていき、それと同時に視界に彼らの姿が映った。


彼らの姿はまさしく狼のようであった。

しかし、後ろ脚で立ち、前足で弓矢を構えている。

胴体には簡易的な鎧が付けられていた。

彼らの目つきも獣というよりはどこか人のような雰囲気がする。


そしてヒロが特に気になったのは、狼人の一人の周りに黄色のモヤのようなものが漂っていることだ。

いや漂っているというよりは身体から外へと流れているような・・


ヒロは一瞬彼らの姿に興味を持ったが、ふと我にかえり、今自分がしなくてはいけないことを思い出した。


「あの、誤解です、みなさん誤解してます。僕は皆さんと会ったこともありませんしこの森に入ったこともありません。第一この世界にきたの・・・」

話している途中、ヒロは狼人の黄色のモヤが濃くなったのに気がついた。

次の瞬間、頭がくらくらし始めヒロの意識が遠のいていく。


瞼が重くなる中で、ヒロは自分の鼻元に一輪の青い花を見た。

それは誰かに握られていた。

目線を横に移すと、黄色のモヤを纏った狼人がいつの間にかヒロの横に立っている。


意識が無くなる直前、ヒロは狼人と目を合わせた。

彼の目には怒りや軽蔑、様々な気持ちをはらませていた。




次に目が覚めると、ヒロは逆さ吊りにされていた。

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