第8話 ハント

無警戒で一人のんびりときのみを食べている獲物なんて、狩りごたえすらない。

跡をつけながら時期を見計らっていた義勇兵の隊長、シアはそう結論づけた。


自分が出るまでもないなと思い、兵の一人に、神経毒がついた矢を放つように命令した。


ビュゥン

放たれた矢は綺麗な直線を保ちながら飛んでいく。


しかし、突然猿人は頭を抱えたかと思うと、周りの草が猛烈なスピードで壁を形成し、矢の進行を邪魔した。


まさか、”恩恵人”か?!

他の兵士たちは動揺していたが、こちらの場所を知られてはまずいと団員たちに落ち着くよう命令した。


俺は相手の力量を見誤ってしまったのだろうか。。


しかし待ってみてもそいつは何の動きもしない。

もしやあいつは草の壁を作ることしかできないのでは?


そう思い、シアは自身の弓を構え、めいいっぱいの力で矢を放った。


ヒュン

先ほどよりも明らかに強く、そして速い矢は一直線に壁に向かった。

壁は貫通したが、矢の威力は殺されゆっくりと壁の内側に落ちていくのが見えた。

猿人の反応は一向にない。


チッ

待つことにイライラしたシアは、兵に前進するよう命令し、草の壁から少し離れたところで停止させた。

そして叫んだ。


「出てこい!力づくで引きずり出すぞ!!」

待ったが反応はない。


「無視するつもりかっ!」

頭に血が上り声を張り上げてしまった。

しかし冷静になると、ガリア族の言語を相手が知らない可能性に気づいた。

マーレ語で話してみる。


「そこの者、出てこい!さもなくば力づくで引きずり出す!」

さあどうなる。


「ちょっと待って!」

初めて反応があった。

やはり俺たちの言葉は知らなかったのだろうか。


「なんで僕を襲うんだ?!僕が何をしたって言うんだよ?!」

続けざまに叫んだ文言に怒りが込み上げてくる。


「お前らが一番知っているだろ!」

少し間をおいて草の壁がなくなっていき、相手の姿が見えた。


変な服装をしているその猿人の表情は、ひどく怯えていた。

ただ、こちらを見るその目は恐怖以外の感情もはらんでいるように見えた。


「あの、誤解です、みなさん誤解してます。僕は皆さんと・・・」

猿人の話などシアは話を聞く気などなかった。

むしろ相手が油断している今がチャンスだ。


神経毒を持つ花を手に取り、彼は一瞬で獲物に近づき気絶させた。

その速さはガリア族の中でも随一だ。


シアは人間を肩に担ぎながら隊員を連れて村に戻る。

歩いている最中、この人間が何を言いたがっていたのか少し興味が湧いた。


まあ、あとでたっぷり聞けるだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


意識が戻ると、天と地が逆になっていた。

ただすぐに頭の重たさを感じ、自分が吊るされていることに気づいた。


「どうなってるんだ、これ。。」

ふと地面の方を見ると大勢のが狼人が睨みながら、こちらに向かって何かを叫んでいる。


「******!」

群衆をかき分けて奥から一人やってきた。

白い生地に青色の鮮やかな幾何学模様が描かれたローブをきており、頭には同じ幾何学模様が入った帽子をかぶっていた。

その狼人の衣服は他の者と比べるといささか豪華で、”この人は偉い人だ”となんとなくわかった。

そして自分を気絶させた兵と同様に、周りに黄色いモヤを纏っていた。

群衆を落ち着かせると、その狼人はヒロの方に顔を向け話しかけてきた。


「そこの者、森の中で何をしていたのですか?」

その狼人は女性であった。しかし、その丸みを帯びた声は確かに僕に向けての憤りをはらんでいた。

相手を刺激しないように気をつけながら、ヒロはありのままのことを説明した。


「何もしてません!ただ森を通り抜けて近くの街へ向かおうとしてたんです。。」

「ほう、ただただ街へ帰ってただけ、と言いたいのですか?」

「いや、帰るんじゃなくて今から行くんですけど。。」

「何を言っているんですか?あんなとこへ来るのはあの街の住民くらいです!」

「いや、だから・・・」

まずいぞ、全く話が噛み合わない。

早く誤解を解かなければ。

ふとヨウちゃんを思い出し、無理やり顔の角度を変えて周りを見渡してみるがそれっぽい姿は見えない。


「とにかく僕は本当に何もしてません!信じてください!」

狼人はヒロが何かを言えば言うほど顔が険しくなり、牙を尖らせた。


「いい加減にしてください!いつまでふざけていれば済むんですか?!花を探しにきたのですか?それとも、また誰かを攫いにきたんですか?はっきり言いなさい!」

「だから何も知らないんですってぇ」

何も信じてもらえないことの悔しさ、そして恐怖から泣きそうだ。



「しょうがないですね」

狼人はそう言うと、周りの兵に声をかけた。

しばらくすると、吊るされていた縄が緩まり、ヒロの身体が地面に近づき始めた。

よかった、信じてもらえたんだ。


しかし、ヒロの身体は地面から一メートルくらいのところで止まった。

どういうことかと思いあたりを見渡し、そして近づいてきた兵が持っているものを見て絶望した。


「残念ですが、あなたの死をもってエレーネへの宣戦布告といたします」

そういうと狼人は下がっていき、代わりに斧を持った兵がこちらへ近づいてきた。


あまりの恐怖で思わず閉じた瞼の裏で、この二日間の出来事を思い返した。

暗闇の世界を抜け出し、新たな世界で冒険をすることを決めた満天の星。

この世界のことをいろいろ教えてくれたおじいさんとヨウちゃん。


本当に短かった。けど最後に楽しい思い出を作ることができた。

だけど、やっぱり心残りだなあ。

もっと世界を見たかった。


兵が斧を振り上げる音がした。




「****!」

どこかで声がした。

恐る恐る目を開けると兵が斧を振り下ろすのをやめ、声がした方を向いている。


「*************」

向こうから杖をついた狼人が歩いてくる。

長らしき浪人は、その浪人に駆け寄り何かを話している。


「ヒロ!」

馴染みのある声が聞こえる。

ヨウちゃんが杖をついた狼人と同じ方向からこちらに走ってくる。

身体の緊張が一気にとけた感覚がした。


「ヨウちゃん!」

「よかった、 間に合った!遅くなってごめんね。身体大丈夫?」

「うん、大丈夫。それよりヨウちゃん、今までどこ行ってたの?」

「それはね・・・」

人が近づく音が聞こえそちらの方を向くと、狼人が話し終えたらしく少し興奮した様子で僕の方に歩み寄ってきた。

その途中、兵に何やら命令したかと思うと、ヒロを吊るしていた縄が完全に緩まり、頭から地面に着地した。


「ごめんなさい!大丈夫ですか?」

駆け寄ってきたその狼人は、先ほどまでとは違い優しかった。


「いてっ、はい、なんとか」

「よかった。それにしても本当にごめんなさい。無関係な方を吊し上げてしまって」

どういうわけか誤解は完全に解かれたらしい。


「どうして僕を信じてくれるようになったのですか?」

そう聞くと、バツの悪そうな顔をしながらも狼人は答えた。


「我らが神がおっしゃったそうです。”あなたは嘘をついてない”と」

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