第9話 ガリア族の長

縄が完全に解かれると、改めて周りを見渡した。

どうやらここがガリア族の村らしく、広大な広場とそこを中心に様々な家が木の上に建てられている。

それぞれの木はロープや簡易的な橋で繋がれ簡単に行き来できるようになっている。


そしてヒロは今、狼人たちに連れられ、広場の奥に陣取られた一際大きなテントに案内されている。

歩いているとヨウちゃんが話しかけてきた。


「あたしヒロが捕まった時に、ガリア族の神のところに言って助けてもうおうとしてたんだ。だけど全然見つからなくて」

「そうだったんだ。ありがとう助かったよ」

「うん!」


ふと、さっきから気になっていたことを聞いた。


「あのさ、ガリアの人たちの何人かの周りに、なんか黄色のモヤみたいなのが見えるんだけど何あれ?」

そう聞くとヨウちゃんは歩くのをやめ、口を開けながらヒロの方を見た。


「ヨウちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫、ただびっくりしただけ。まさか”煙”が見えるなんて」

”煙”?ああ、確かに言われたら煙っぽい。


「なんであの人からしか”煙”が出てないの?」

「”煙”はね、”恩恵”を賜った人から出るものなの。いわば”恩恵人”の証。だけど”煙”は見えないんだよ普通の人は。私たちのことが見えないように」

そうだったのか。そうなるとますます疑問がわく。


「そしたらさ、”煙”の色は何か関係があるの?あと、さっき気絶される前にあの狼人の”煙”が濃くなったんだけど」

「ああ、それは・・」

急に先頭を歩く長らしき狼人がこちらを怪訝な顔でこちらへ振り返った。

つい夢中になって大声で話してしまっていた。


「何を一人で言っているのですか?」

「あ、いや」

少し言うのをためらったが、神と話せる人がいることを思い出し、素直に話した。


「えっと、神様と話していました」

そう聞くと、狼人は少し驚いた様子だった。


「そうなのですね、やはり”恩恵”を賜っているのですね」

やはり、ということはなんとなく察していたらしい。

多分義勇兵の誰かにヨウちゃんが作ってくれた草の壁のことを聞いたのだろう。

ただあれはヒロの力ではない。


広場の中央には、巨大な狼の像が飾られていた。高さは四メートル以上ありそうだ

目つきは鋭く、大きな牙を見せている雄々しいその姿に、思わず恐怖を覚えた。


「着きましたよ」

中は二重構造になっていた。

入ってすぐのところに長い机と十人分くらいの椅子が用意されたスペースがあり、そして布で仕切られているが、その奥にも空間が広がっているようだ。

ヒロは長らしき狼人の横に座った。


「改めまして、この度は申し訳ありませんでした。申し遅れましたが、私はガリア族の君主、リカと申します」

やはり長だったか。それにしても礼儀正しい。

噂通りガリア族はいつもは友好的な種族らしい。


リカはその場にいた狼人たちの紹介を始めた。

まず始めに紹介されたのは義勇兵の隊長であるシアだ。

ヒロの気を失わせた張本人ということもあり、少し居心地を悪そうにしている。


またヒロの首に斧が振り下ろされる直前にやってきて助けてくれた狼人はトトというおばあさんだ。

目が合うと、優しく微笑んだ。

ヒロも命の恩人に、少し大袈裟にお辞儀をした。


その後も一緒にいた狼人たちの紹介があり、最後はヒロだった。


自己紹介を始める前、ヒロはおじいさんからもらった助言を思い出した。

”君の名前はこっちの人間にはあまり馴染みがないから、名乗る時は、ヒロだけにしときなさい。それと出身を聞かれたら記憶がない、と言うのが良いだろう。いろいろ聞かれたら面倒だ”

ヒロは一呼吸おくと、ゆっくりと話し始めた。


「僕はヒロと言います。”静寂の丘”から来たのですが、実はそれまでの記憶がなく、とりあえず森を抜け一番近い街に行こうとしていました」

「記憶がない、だと? そしたらお前あの街の出身っていう可能性もあるんじゃないのか?!」

「落ち着きなさいシア。そんなはずはありません。我らが神が、この者に罪はない、とおっしゃられたのですから」

「そうか、確かに」

リカの説明に納得したらしく、シアは静かに座った。


ヒロは何とか切り抜けたことにほっとするとともに、いよいよずっと気になっていたことを質問した。


「それで、どうして僕は捕まったのでしょうか?」

リカは真剣な表情になると、語り始めた。


「はい。説明いたします。この数日に何があったのかを」


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三日前、森を抜けた先にある小さな街”エレーネ”の領主から、ガリア族が大切にしている金色の花びらをつける花を譲って欲しい、というお願いを受けた。


しかし、その花は、ガリア族から”生命の花”と名付けられ、彼らにとっては命と同じくらい大切なものだった。なぜなら彼らは、死んだ仲間の魂が”生命の花”になる、と信じているからだ。


しかし領主も必死だった。彼の娘が原因のわからない病で倒れており、有り金をはたいてできる限りのことをしたが一向に良くならない。そんな中、街に立ち寄った医者が”ガリア族の金の花があれば、この子は助かる”という助言をした。そして、彼らにとって大切なものだと知りながらもガリア族に頼み込んだ。


このことはリカの耳にも届き、どうするか迷ったが、先祖の魂が込められた花を抜くわけにもいかず、丁重に断った。


領主は諦めきれず、朝から晩まで森の入り口に座り込み、頭を下げ続けた。

しかし、ガリア族の総意は変わらなかった。


そして前日、事件が起こった。

森で遊んでいたガリア族の少女が何者かによって連れ去られた。

加えて、街からある伝言が届いた。


”少女と金の花を交換だ”


このことはすぐ村中に知れ渡り、リカはシアら村の役員を集合させ対応策を練った。

そしてこの事件がさらに緊急性をもった理由があった。



「連れ去られた少女は、私の娘なんです。この村の姫なのです」

リカは苦しそうに言葉を続けた。


「私は大人の問題にあの子を巻き込んでしまった。。」



連れ去られたのが姫だとわかり、ガリアの民は怒った。

眠っていた狩人の本能が目を覚まし、姫を奪還するための戦いを多くの者が望んだ。


しかし、リカは必死に冷静さを保った。村を、民を守る者として軽率な判断はできなかった。


そして今日、村が大混乱に陥っている中、ヒロが現れた。



「確かに、僕がその街の住民だと思うのは当然ですね」

ヒロは無理やり捕えられたことに多少の怒りは感じていたが、今の説明を受け納得した。


「本当に申し訳ありませんでした。そして実はこの提案の猶予が明日までなのです」

「明日ですか?!」

それは大変だ、自分に構わずすぐに話し合ってもらわなくては。


「そこで、失礼を承知の上で申し上げます。ヒロさん、どうかお力をお貸しください」

「えっ?僕ですか?!」

「実は我らが神、ガリア様がおっしゃったのです。”あなたに力を借りろ”と」

「な、なんでですか?!僕に何ができるんですか?!」

「はい、その点についてガリア様は直接ヒロ様とお話がしたいとおっしゃっています。あの布の奥で待たれておられます」

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