第10話 ガリアの神
ヒロはどうにも断れず布の前に立った。
こうなったらしっかり神と話して理由を聞こう。
「ここから先はお一人でお入りください」
「えっ?!なんでですか」
「ガリア様のご命令です」
「そんな・・ちなみにガリア様はどのような方なのですか」
「そうですね。広場の像をご覧になりましたか。あのかたがガリア様です」
脳内で広場にあった大狼の像の姿がフラッシュバックする。
動かないと分かっていても、近づきたくはなかった。
さらにリカが追い討ちをかけてきた。
「”睨みつけるだけで相手は恐れをなして逃げ惑い、強靭な顎は岩をも砕き、閃光の如く野山を駆け地上の王として君臨していた”、と言い伝えに残っています」
「・・よくわかりました」
良い方向に考えよう。
そうだ、いくら怖くたって自分に触れることはできないんだ。
大丈夫。
怖くても大丈夫。
ヒロは必死に自分に言い聞かせると、意を決して布に手をかけた。
「失礼します」
まず視界に入ったのは、大きなテーブルだ。
肉からきのこまで様々な食材が積み上げられている。
そしてその奥に長方形の大きなクッションのようなものが見えた。
どうやら神の寝床らしい。
しかし神様の姿は見えない。
「待っておったぞ」
どこからか声が聞こえてきた。
慌ててあたりを見渡す。
しかし視界には何も映らない。
「お前の名はヒロ、だったか」
「はいっ、そうです!」
その声は確かに寝床の方から聞こえる。
もしかして自分が見えていないだけではないか。
おじいさんとヨウちゃんが見えたのはたまたまだったのか。
そんなことを考えていると、ヨウちゃんがヒロの横を通り過ぎ寝床の方へと歩いて行った。
そして食材の山の裏へ回った。
「そうか。ヒロよ、結論から言おう。我がガリア族の姫を守るため貴様の力をかしたま・・あ、ちょっと何するんだ小娘、やめろ離さんか!おい持ち上げるな、やめろ、やめてってば!」
突然、ガリア様の様子がおかしくなった。
先ほどの重たい雰囲気とは打って変わって、どこか慌てふためいているようだ。
しばらくして満足げな顔で歩いて帰ってきたヨウちゃんは、小さな動物を両手で鷲掴みにしていた。
「はいっ!」
そういうとヨウちゃんは腕を伸ばし、その動物をヒロに見せた。
「ヨウちゃん、この子何?」
その動物はなすすべもなく、体重をヨウちゃんに任せ、頭を垂れさせている。
「ガリアの神だよ!」
「えっ?!」
「ねえちゃんと目を見て話さないとダメだよ」
そう注意されたその小動物は、まんまるな目でヨウちゃんを一生懸命睨んだが、気まずそうにヒロの方を向き直した。
そして一呼吸置くと、四本足をぶらんぶらん、とさせながら話し始めた。
「ヒロよ。我がガリア族の姫を守るため貴様の力を貸したまえ!」
その姿からは威厳などひとつも感じなかった。
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「いやあ、まさか俺たちの姿が見える奴がいるなんてな。この娘に聞いた時は信じられなかったぜ」
寝そべりながら、ガリア様はきのみをパクパクと食べていた。
「あの、あなたは本当にガリア族の神様なんですか?」
「そうだが、なんでだ?」
「だって、広場にある像と全然ちが・・・」
「あー!言うんじゃない!わかってるからそれ以上言わないでくれっ!」
ガリアの姿は、大きさはもとより、身体のパーツそれぞれがまったく狼と似ていない。
鼻は高くなく、目はまんまる。
牙は小さいし、極めつけに足は短い。
その姿は狼というよりは犬だった。
灰色の毛並みの犬。
「なんで嘘ついてるんですか?」
「嘘っていうかなんというか。。ただ少しだけ盛っただけだよ」
「いやいや、盛ったっていう次元じゃないでしょ!」
「おい、何タメ口を聞いているんだ!俺は神だぞ!」
ヒロは先ほどまであれほど怯えていたことに、少しムカついていた。
「はいはい、わかりましたよガリちゃん」
「ガリちゃん、ってなんだあ!!」
ヒロは本題に入った。
「ガリちゃんの嘘はともかくとして、どうして僕が必要なのですか。知ってるとは思いますが、僕はなんの力もありませんよ」
「”ガリちゃん”じゃないし嘘はついてないし、別にお前の力を頼りにしているわけではない。お前があの街の住民と同じ猿人であり、かつこの娘と話すことができる、というこの二点に意味があるんだ」
「と、いうと」
「お前には、領主の屋敷へ潜入して娘の容体を見てきてほしい」
それは思いもよらない提案だった。
「実はね、あたしガリちゃんと会った時今何が起きてるか聞いたんだけど、おかしいなって思ったところがあったの」
ヨウちゃんが話し始めた。
「多分花の種類とか効果とか、あたしが全ての神の中で一番知っているんだけど、”金色の花”が何かの病気に効くなんて知らなかった。だから、あたしが知らないことをそのお医者さんが知っているのがちょっとおかしいなって」
不穏な流れに、ヒロは思わず姿勢が前のめりになる。
「というわけで、その医者が言っていたことは疑わしい。そこでお前にはこの娘と一緒に領主の屋敷へ行って、そいつの娘が実際どんな症状なのか見てきてほしい。ガリア族だと警戒されて街にすら入れないだろうから、今すぐ行けるのはお前しかいないんだ」
綺麗にお座りしながらお願いするガリちゃんの横で、ヨウちゃんもヒロの方を向いた。
「あたしからもお願い、ヒロ!あたしはこの森で長い間過ごしてきたから知ってるの。街の人たちも、ガリアのみんなもずっと仲良く生活してたの。これまでの関係が壊れちゃうのはいやだよ」
ヨウちゃんはずっと見てきたのだ。
お互いが助け合い、笑い合い、楽しく過ごしてきたこれまでを。
ヒロは腹を括った。
「・・僕も誰かの嘘一つで大切な関係が無くなるのは悲しいと思います。わかりました!僕は何をすればいいんですか?」
その答えに、二柱の神は飛び上がって喜んだ。
「ありがとう、ヒロ!」
「よっしゃあ!そしたら計画を説明するぜ。まずはヒロ、お前は服を着替えろ。その変な格好は無駄に目立つからな。猿人が着るような服もこの村にあるから適当に見繕ってくれ」
ヒロの服装は転移した時と同じ学生服だ。
彼の住んでいた街では一番目立たない格好だったが、その独特な作りの衣服はこの世界では明らかに目立つ。
自分の服に手を当てている時も、ガリちゃんの説明は続いていた。
「着替えたらいよいよ街に入って領主の屋敷へ向かう。身分とか職業を聞かれると思うんだが、、そういえばヒロは学生か?」
「いや、違います。冒険者になろうと思っています。あ、いや、自分が何者か忘れてて、身につけていたものもないから一応冒険者になろうかなって・・」
ヒロは自身が記憶をなくしている、という設定を思い出し急いで言い訳をした。
しかしせっかくの機転も無駄に終わった。
「酷い演技だな。この娘から全部聞いているよ」
ガリちゃんがバカにしたようにニヤニヤとこちらを見ている。
可愛らしい外見が今は憎たらしい。
「じゃあ、そしたらちょうどいいや。街に行ったら冒険者登録をして冒険者になれ。何にも身分を説明するものがないよりマシだろう」
「わかりました。だけど冒険者がなんで自分の館に来たか、って疑問に思わないですか?」
「もちろんだ。だからこう言えば良い。”街を訪れた時に地主の娘のことを聞いた。自分は力になれるかもしれない”と。その証明としてこの娘がその場で力を使う。向こうにはお前が使っていると思うだろう」
一般的に見れば、神と一緒に行動している方が稀有だ。
「そして二人で、地主の娘の症状を見る。どうだ質問はあるか?」
ヒロはふとした疑問を投げかけた。
「あの、ヨウちゃんたち神様って壁をすり抜けて建物の中に入ることはできないんですか?」
「それはできない。知っていると思うが俺らはお前たちとは違う次元に住んでいるが、一緒の世界を共有している。家みたいな建造物は、この世界に作られているものだから、仮に俺たちがその家に入りたければ扉から入るか壁をぶち壊すか、しかない。まあ後者はしたくてもできないんだけどな」
人に害となる行為はすることができない。
神も案外普通の人っぽいんだなあ。
「理解しました。もう大丈夫です」
「よし、そしたら準備に取り掛かろう。俺からガリアの者たちにヒロの手伝いをするようにと伝えとく」
そういうとガリちゃんは改めてお座りをし、真剣な顔つきになった。
「姫を、そしてガリア族の民たちを救ってくれ、ヒロ」
ヒロもガリアの神と目線を合わせるために正座をして応えた。
「はい、任されました」
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