第29話 肉食植物

肉食植物に見逃された後、ヒロは改めて自然の中を探索した。

しばらくしてわかったことの1つは、ここには”樹”がない。

その代わりに巨大な花があるが、それらを下から見上げるとまるで自分が小さくなったかのように思えてくる。


動物たちもしばしば見かける。

しかし、環境の違いで、地上にいる動物の姿とは似て非なるものたちばかりだ。


また歩いていると、明らかに人工物と思われる柱をいくつか見つけた。

表面は彫刻がされており、幾何学的な模様だったり、動物や植物の絵だったり、と1つ1つの柱に違う装飾がされていた。


食料問題も何とか解決できそうだった。

植物の種類が豊富なだけあって、きのみも様々な種類があった。

もちろん食べられるかどうかの判断はできないので、小さくかじって味を確認してみる。

当たりのものもあれば、腹痛でしばらく立てなくなることもあった。

川も複数あり、水は澄んでいて飲むことができた。


そして歩いている中で気になったことがもう1つある。

それはここまで命の危険をほとんど感じていないことだ。

最初にあの植物にツタを絡まされて以降、植物から攻撃されることはない。

肉食植物がヒロの真横を通り過ぎたことがあった。

しかし、その時も一瞬動きは止まったが、何事もなかったかのように離れていった。


時折、見るからに危険そうな動物と鉢合わせすることもあったが、どこからかツタが伸びてきて、その動物は緑の中へと連れ込まれていく。

気のせいかとは思うが、まるで植物が自分のことを守ってくれているように思えた。


身体を張って食べられるか確認したきのみで腹を満たしながら、ヒロは川の緣に座っていた。

上層部でもそうだったが、全く出口が見当たらない。

人工物らしい柱を見つけた時は、手がかりが見つかると思い気持ちがたかぶったが、”煙”は見えず、結局何もわからなかった。


一瞬、上に戻るかどうか迷った時があった。

しかしその案をすぐに却下した。


まず、上に出口があるかもわからない。

というか、ここに広がる自然を見た時、今自分がどこにいるかが完全に見当がつかなくなった。

それと、あの生き物に追い回されるのはもう懲り懲りだ。


これからどうしようか、と考えていると、川の上流から複数の何かが流れてくるのが見えた。

近づいてくるにつれて、そのひとつが小さなカバンであることがわかった。

その周りを布巾着や小さい瓶がぷかぷかと浮いていた。


それは明らかに人がいる証拠であった。

ヒロは急いで川の中へと入り、カバンと一緒に流れてきたものを拾った。

川からあがり、拾ったものを確認した。


中身はあまり入っていなかった。

本が一冊と、青色の液体がわずかに入った小さな瓶、水でふやけたビスケットのようなものを入れた巾着、そしてペンダントだ。


「ん?」

そのペンダントはどうやら開けることができるらしく、開けてみると一人の女性が映った写真があった。


どうしてバッグが流れてきたかは分からないが、確かにこれは人の痕跡だった。

それに、ものがある程度まとまって流れてきたということは、そう遠くない場所から流されたということだ。

ヒロは期待を胸に、上流へと歩き始めた。


しばらく歩いていると、大きな花たちの隙間から上へと立ち上る煙が見えた。

”恩恵”による”煙”ではなく、何かを燃やした時に出る煙だ。

何かが起こっていると思い、急いで煙が上がっている方へと走っていった。


火元に着くと、人の存在は確認できなかった。

確認できたのは何が燃えているかだ。


はじめに遭遇したあの肉食植物が炎に包まれていた。

巨体は地面に倒れており、茎から生えているツタは全く動いていない。

さらに、炎は周りの植物にも燃え移っており、炎の勢いは増していた。

動物たちはすでに逃げているが、植物は逃げることなどできず、ただ炎に焼かれる時を待っている。


ヒロは人がいなかったことなど忘れ、それよりも火を早く消さなくてはいけない、という焦燥感に駆られていた。


幸い川が近くにある。

だけど、どうやって水を運べばいいんだ。

考えろ、考えろ!

ヒロは慌てながらも必死に頭を働かせた。


ふと、何かがヒロの足に触れた。

下を見ると、一本のツタが足元にあった。

目で追うと、炎に包まれているその植物から伸びてきていた。

ツタは弱々しく上り始め、頬を優しく触ると、力つき地面に落ちた。


最初、今燃えているのがあの肉食植物と同じ個体かは分からなかった。

しかしヒロは、自分にこんなことをするのはあいつしかいないと確信した。

ツタで絡ませ頬を叩いてきたあいつ。


もしこいつと話せたら、色々聞きたいことがあった。

なぜ見逃してくれたのか。

なぜ頬を叩いたのか。

もしかして守ってくれていたのか。


そんなことは元々できっこなかった。


だけどヒロは、今だけこいつと会話ができた。

頬に触れた時、何を伝えたかったのかわかった。

言葉を発することはできない。

だけどなんとなくわかった。


こいつは助けを求めていた。

周りの仲間を助けて欲しいと頼んできた。


その植物の方を見ると、まるで笑うように二枚葉を閉じた。


ヒロは胸に熱い何かを感じながら、必死に考えた。

この自然を守るために何ができるかを。

しかし案は思いつかず、とりあえず川の方へと向かった。


その道中、ヒロは考えた。

ガリアのみんなならどうするかと。


ガリアの村で過ごした記憶が頭をよぎる。

思い出に浸っている場合じゃない!

頭を揺らし、考えを振り払おうとした。


その時、ふと何かが引っかかった。

ヒロは立ち止まり、その原因を探った。


そして、見つけた。


「あっ」

思わず、声に出た。


これだ。

これを使えば一気に水を運ぶことができる。


ヒロは川の方へと向かいながら、これから始まる大仕事に向け、緑色の”煙”に全神経を集中させた。

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