第30話 編む

川につくと、周りの草花を確認した。

必要なのは太い茎を持つ植物。

編んで大きな器を作るためには、細いのではダメだ。


ヒントを得たのは、住居や家具作成に使われているガリア族の伝統技術だ。

細かく編まれた草の壁は強度があり、雨水も通さない。


もちろんヒロはその技術を習得してはいない。

ただ、草を編んで何かを作る、ということにヒントを得たのだ。


広範囲に”煙”を広げ、植物を成長させる。

それらを川の緣まで伸ばし、茎を交互に通していきながら、編んでいく。


まずは、底の部分だ。

隙間を最大限作らないために、編んだ部分をきつく絞っていく。

幸い太い茎であったため、かなり強く力を込めても切れることはなかった。


底が完成しそうな時、突然頭がくらくらし始めた。

まずい、体力が持たない!


これまでの”恩恵”を使う練習でわかったことがある。

それは”恩恵”というのは、自身の身体エネルギーと密接に関わっていることだ。

特に、ヨウちゃんの”恩恵”のような外部に”煙”を放出するようなものは多くのエネルギーを必要とする。


だから最初の方はすぐに体力がなくなり、草を数本動かすのがやっとだった。

最近はある程度、コツも掴み体力も増えて、”恩恵”を使えなくなる、ということはなかった。


しかし、ここまで多くの植物を操ることをしたことはなかった。

体力がものすごい速度で消費されていくのを実感する。


このままではまずい。

そう直感したヒロの身体はいつの間にか、ガリちゃんの”恩恵”を発動させていた。

身体能力を強化する力だ。

身体が軽くなっていくのを感じる。


しかしわかっていた。

これは麻酔だと。

きっと身体は限界に近づいている。

心臓がバクバク鳴っているのが聞こえてきそうだ。


しかし、ヒロは自分の身体の心配などしなかった。

ただ目の前で作られている巨大な器のことしか考えていなかった。

器は底が完成し、側面作りに突入した。


しかし、深刻な状況になっていることに気がついた。

周りに太い茎が見当たらない。


今もかなり広範囲に”煙”を広げている。

さらに広げると、体力がきっと持たない。


キョロキョロ見渡していると、突然周りが薄暗くなった。

次の瞬間、何かが上から降ってきて川の対岸に落ちた。

それは巨大な青色の花だった。


上を見上げると、近くに生えていた青色の輝きを放っていた巨大な花の花びらがなくなり、茎だけが残っていた。

そして、その残った茎がゆっくりと傾き始め、最後は器を避けるかのように地面に倒れた。


ヒロはこれは偶然ではないと思った。

この花は、自らの命と引き換えにこの自然を救って欲しいと、自身の身体を預けたのだ。

ヒロは感謝の気持ちでいっぱいになりながら、その茎を器の底に沿って巻いた。


その太くて長い茎一本で器の側面を作ることができた。

なんとも歪な形ではあるが、ついに楕円形の器が出来上がった。


ヒロは早速、川に入れるため器を持ち上げた。

なんとか持ち上げたが、その重さに不安感を覚えた。


器を川の中に入れると、勢いよく水が入っていき、後ろへと流れる川の水量が一気に少なくなった。

少し時間はかかったが、水が中に十分に溜まったことを確認し、川から器を出そうと力を込めた。


しかし、ヒロは持ち上げることはできなかった。

あまりの重さに、彼の残りの体力ではびくともしなかった。

中の水を減らすことすらできない。


さらに悪いことに、必死に持ち上げようとすると意識が飛びそうになる。

意識がなくなると、きっとこの器は壊れてしまう。


ヒロにはこの板挟みの状況を打開できる方法はなかった。

パチパチという炎が草花を燃やす音が耳に届く。

大量の煙が上へと昇っている。


ザザザッ

何かが移動してくる音が聞こえた。


ザザザッ

耳を澄ますと、音は1つではなかった。

しかも四方八方から聞こえてくる。


そのうちの1つが草花の中から顔を出した。

それは、あの肉食植物だった。


その植物たちがどんどんと茂みから出てきて、最終的に5体の肉食植物に囲まれた。

ヒロはそいつらの登場を静かに見るしかなかった。


一体がこちらに向かってツタを伸ばしてきた。

ヒロはここで初めて恐怖を感じた。

それは自分が何かされるのでは、というよりも、それによって器が壊されてしまう、という恐怖だった。


しかし、そのツタはヒロの足元を通り過ぎると、川の中に入っていった。

そして器の底を押し始めた。

気がつくと、他の肉食植物も器の方へとツタを伸ばしていた。

ヒロは器が軽くなっていくのを感じた。


ツタによって器がゆっくりと浮かび始め、ついに完全に川から上がった。


植物たちは、その器をバランスよく炎の方へと運んでいく。

そして炎の元へと運ぶと、器を傾け大量の水を上から落とした。


水がなくなると、植物たちは再び川の方へと戻ってきて、器に水を入れまた炎の方へと戻っていく。

植物たちはただひたすらにその動作を繰り返していた。


炎は九回目の水のシャワーで完全に消えた。


「ああ、よかった」

ヒロはそれを確認すると、完全に身体の力が抜け、前に倒れた。

しかし、なくなる意識の片隅で、一本のツタが身体を支えてくれていることには気づいていた。


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「ヒロ」

女の子は、自身の”恩恵”が大量に放たれた方向を見て、ポツリとつぶやいた。

目を閉じ、植物たちを介して“恩恵”の出所を探る。


場所的にはエレーネの街付近の森の中らしい。

しかし、そこに彼らしき姿は感じられない。


不思議に思い範囲を広げていると、1つのダンジョンが出現しているのに気がついた。

そこで1つの可能性に気がついた。


彼は地下にいるかもしれない。


中を探ってみようとすると、どうしてか中に視点を移すことができない。

植物の気配を感じない。


ふと、頭の片隅で何かがぽわん、と浮き出てくる。

それらは霞がかっていて、じっくりみようにもすぐに消えてしまう。

しかし、彼女はこれらの記憶が何と繋がっているかはっきりとわかった。


あたし、ここ知ってる。


覚えてはいない。

だけど、なぜだろう、そこが懐かしく、悲しく思えてしまう。

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