第14話 二つの花

森へ再び入ると、木々のせいで光が遮断されほとんど何も見えなくなっていた。

これはまずい、ヨウちゃんの姿を見失わないようにしないと。

頑張って見ようと思わず目に力が入る。


すると急に目のあたりが熱くなったかと思うと、次の瞬間暗闇にいくつもの光の線が現れた。

しかも、それらはただの線ではなく草木の形をしていた。

ヨウちゃんの方をみると、暗闇に彼女の身体や顔のパーツが光って浮かび上がっていた。


もしやと思い、近くにあった木の形をした光の線に触ってみた。

すると、確かに木の幹を触る感触がした。


やはりそうだ、暗闇にあるものが光の線に囲まれている。


「ヒロ、大丈夫?」

立ち止まってるヒロをヨウちゃんが心配そうな顔をしてみている。


「うん、実は・・」


カサカサ


遠くの草むらから音がした。

未知の恐怖を感じ、ヒロは反射的に話すのをやめてそちらの方をみた。

数秒後、何かが草むらから出てきてそのシルエットがはっきりと見えた。

誰かはわからなかったが、その人の周りを漂う黄色の”煙”を認識するとほっと胸を撫で下ろした。


「おい、ヒロ!」

聞き覚えのある声に安心感が膨らむ。


「シア!どうしてここに?」

「おう、お前が行ってから森の入り口の警戒をかねて待ってたんだ」

うう、優しい。

なんて心強いんだろう。


「ありがとう、よく僕だってわかったね」

ヒロの質問に少し誇らしげにシアは答えた。


「そりゃ俺たちは狼から進化した人間だからな。暗闇での探し物は朝飯前よ。そしたら村までは俺が道案内するからついてきな」

シアと一緒に村まで戻ろうとすると、ヨウちゃんがヒロに話しかけてきた。


「ヒロ、あたしもう一つの花探してくる!ヒロはシアと一緒に村へ帰ってて」

そう言い残すと彼女は、森の奥へと消えていった。


それからヒロはシアと一緒に村へ帰り、リカやガリちゃんにさっきまでのことを話した。

代わりの治療法があることを知って、特にリカは喜んでいた。


猶予は明日いっぱいだ。なるべく早く薬を作って持っていった方がいい。


しかし、ヨウちゃんは夜が明けても帰ってこなかった。


「まだあの娘は帰ってこないのか」

ヒロは広場のテントの奥であるガリちゃんとともに待っていた。


確かにおかしい。

もう一つの花も、もしかしたら希少なものなのだろうか。

それとも何かあったのだろうか。

どんな理由にせよ、ヒロはここでじっとはできなかった。


「僕ちょっと探してきます」

「わかった、俺もいく。人手は多い方がいいからな」


ガリちゃんと二手に分かれヒロは森の中へ入っていった。

ガリアのひとから借りたナイフで、木の幹に目印を掘りながら進んでいく。

ごめんなさい、おじいさん。


しかし当然のことながらこの広大な森の中で見つけることは至難の業だった。

手がかりは何一つなかった。


まだ花を探しているならまだ良い。ただヨウちゃんの身に何かあったなら。

昨日はヒロと一緒に苦手な”街”に行ったせいで、彼女はひどく疲れていた。

嫌な方へ、嫌な方へとどんどん思考が向いてしまう。


「お兄ちゃん」

突然どこからか声がした。

周りを見渡しても誰もいない。


「下ですよ」

そう言われ自分の足元をみると、黒色の花があった。

しかしよくよくみると、それは黒色のドレスを身に纏った小人だった。

踏みつけないように咄嗟に後ろへ下がったが、つまずき転んだ。


「ふふ、こんにちはお兄ちゃん」

ヒロのことをずっと”お兄ちゃん”と呼ぶその小人は、くすくすと笑いながら腰を痛めている彼の元へ歩いてきた。


「き、君は?」

「申し遅れました。私は花の神です。ふふ、人間に自己紹介するなんて初めてで何か面白いです」

それはまさかの神様だった。


「本当に私のことが見えているんですね。お姉ちゃんに聞いた時は信じられませんでした」

「あの、僕に何か・・」

「ああ、そうでした。実は私のお姉ちゃん、えっと”幼木の神”があなたに助けを求めています」

突然出てきたその名前にヒロの心臓が鼓動した。

ヨウちゃんが助けを求めてる!


「神様、彼女は今どこに?!」

「はい、お連れします。私の後についてきてください」

そういうと花の神は宙に浮き始め、ドレスをはためかせながら飛び始めた。

その小さな身体を見失わないように、必死でついていった。


森の中をしばらく走ると、日差しが差し込む小さな草地の上に小さな女の子が倒れていた。


「ヨウちゃん!」

急いで彼女の元へ駆け寄った。

呼吸が荒く、苦しそうにしている。

ヒロに気づきヨウちゃんは弱々しく、恥ずかしそうに笑ってみせた。


「ヒロ、ごめんね遅くなっちゃって。探すのに結構時間かかって、帰ろうとしたらいきなりふらっとなっちゃって」

彼女の手には黒い花が握られていた。


「謝らないでヨウちゃん!僕の方こそごめん!ヨウちゃんにばっか色々任せちゃって、倒れるまで疲れさせちゃって。結局僕は何の役にも立てなかった」

ああ、できることなら今ヨウちゃんに手を差し伸べてあげたい。

抱えて村まで連れて帰って、ゆっくり休ませてあげたい。

なのに、ただ話しかけることしかできないことが苦しくてたまらない。


「ヒロ、あたしは大丈夫だからこの花を村に届けて」

そういうと、ヒロの方へ黒い花を持つ手を伸ばした。

しかしヒロは花を受け取っても動こうとはしなかった

目の前で倒れている女の子を、森に残したままにすることはできない。


何かないか、何か。


ふと視界に大きな葉をつけた植物が見えた。

その時、街へ向かう前にガリちゃんが教えてくれたことを思い出した。


もしかしたら。


ヒロはその植物の方へ駆け寄り、一枚葉をちぎった。

その葉をヨウちゃんの横へ置いた。


「ヨウちゃん、ごめんね、ちょっと身体動かせる?」

「え?うん、多分」

「よかった。そしたらこの葉っぱの上に動いてみて」

そう聞くと、彼女は身体を回転させて葉の上に移動した。


ヨウちゃんが動いたのを確認すると、ヒロはその葉の下に手を入れてみた。


その時、葉の上からヒロの手を何かが圧迫する感触を感じた。

やっぱりだ!

神様は”この世界のもの”を通り抜けることはない。

つまり、”この世界のもの”を間に挟めば神様に触れることができるんだ!

感動で目頭が熱くなる。


ヨウちゃんも身体の下をモゾモゾする感触に気づいたらしい。

驚いてヒロの方を見ている。


両手を葉の下に入れ終わると、腰のことなど気にせずただヨウちゃんの身体に最小限の衝撃を与えることだけを意識し、渾身の力で彼女を持ち上げた。


「きゃあ」

いきなり視界が上がったことにかなり驚いたらしい。

そしてヒロが何をしたのかわかったらしく、彼の方を向いた。


「ヒロ」

彼の腕に抱えられているヨウちゃんは、驚きながらも恥ずかしそうに笑っている。


「帰ろうヨウちゃん、一緒に」


ヒロは勘違いをしていた。

彼女は小さな女の子ではなかった。



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