第15話 侵入者

「おーい、ヒロ!」

村へ帰る途中にガリちゃんが茂みを飛び越えて駆け寄ってきた。

どうやら彼も花の神に連れてこられたようだった。

だけど、神様はずっと一緒にいたぞ。


「ふふ、私たちは花の種類だけいるのですよ」

横を見ると黒いドレスの神様の隣に黄色のドレスを身に纏った神様もいた。


「よし村が見えてきた。とりあえず俺の寝床に行こう」

そういうとガリちゃんは先にテントの方へ走って行った。


「そうしたらお兄ちゃん、お姉ちゃんをよろしく頼みます」

花の神たちは役目を終えて森の方へと帰っていった。

ヒロも早歩きでテントの方へ向かった。


テントに着くと、ガリちゃんが自分のクッションの上を綺麗にしていた。

優しさに感謝すると、ヨウちゃんを寝かせた。


「ありがとう、ヒロ」

「いいんだよヨウちゃん。ゆっくり寝てて」

「うん」

そういうと気を失ったようにすぐに眠った。


「よし、そしたら薬を作るぞ。あ、そういやこの娘しか作り方知らないんじゃないのか?」

「いや、村に戻る途中に作り方を聞いた。難しくはないんだけど想像はあまりつかない」

「ん?どういうことだ」

「まあちょっとやってみるよ」


ヨウちゃんの手から黒色の花を取り、屋敷から持ってきた白色の花と器を準備する。

「よし、やるぞ」


作り方はワンステップだけ。

器に二つの花を入れる、のみ。


それでどうして薬ができるのか想像できないが、とりあえず言った通り二つの花を器の中に入れた。


すると入れた瞬間、器から出る”煙”が濃くなった。

そしてしばらくすると花びらが先の方から液体となって器の中に滴り落ち始めた。

だんだんと中央に向かって溶けていき、最後には茎のみが残った。


白色と黒色の液体は惹かれ合うように互いの色を侵食していた。

しかしだんだんと二つの色が薄まっていき、気づいた時には透明の液体が器に溜まっていた。


「できた」

透明な液体を容器に入れると、布の外で聞き耳を立てていたリカたちに報告をした。


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「すぐに帰ってきますね」

「ヒロさん、本当にありがとう。最初あのような酷い仕打ちをした私たちに、手を差し伸べてくれて。一体どのようなお礼をしたら良いか」

リカやシアをはじめ、多くのガリアの民が見送りに来てくれていた。


「とんでもないですよ。もちろん僕もガリアとエレーナが戦うのは望んでいませんが、僕以上に”幼木の神”がそんなことを望んでいません。長い時間あなた方を見守ってきたからこそ、この現状をとても悲しんでいました。彼女のためにもあなたたちの力になりたかっただけです」

「そうですか、幼木の神が…なんと光栄なことでしょうか」

森で生活する彼らにとっては、ガリちゃんと同等にヨウちゃんとおじいさんは崇拝に値する神様なのだろう。


「では、行ってきます」


村を出て、森の入り口まで歩いていると、ぴょこぴょこと隣を歩く動物に気づいた。


「ガリちゃん!どうしたの」

そう聞くと、ガリちゃんは照れ隠しなのかぶっきらぼうに答えた。


「お前一人で行かせるのは心配だからな。まあ娘の代わりについていくよ」

「ん、ありがとうガリちゃん。頼りにするよ」

「なにこっち見てニヤニヤしてるんだ、おい!」



しかし物事は順調には行かなかった。

街へ入り領主の屋敷への坂道を登っていると、茂みから数人の男たちがヒロを取り囲んだ。

昨日、今と同じように彼の周りを取り囲んだ奴らだ。


「お前はどれだけ俺に嘘をつけば気が済むんだ」

そうヒロに皮肉を交えながら声をかけたのはあの橋の男だった。

またこいつか。


「昨日はさ、領主様がいる建前上静かにしていたが、やっぱりお前を信用できなくてな。後をつけさせてもらった。そしたら案の定、お前がガリアの連中と会っていた。それよか村の方へと一緒に仲良く歩いてたな、おい」

事実を突きつけられた焦りよりも、この男に対する憤りの方が強く感じる。

どうしていつも邪魔をするんだこいつは。

相手が正しい、という事実がさらに腹立たしい。


「悪いが、お前みたいな嘘つき野郎を今日一日領主様に合わせるわけにはいかない」

様々な感情が渦巻きながらも、ヒロは口を開いた。


「そういうわけにはいきません!僕は薬を持ってきたんです、公女様を治せる薬を」

「だから、お前を信用できないと言っているんだ!ガリアと繋がっているやつの持ってきたものなど飲ませられるか!毒が入っているんじゃないか?」

ニヤニヤした顔で努力と気持ちを踏みにじられ、ヒロは思わず奥歯を噛み締めた。


「なんでそんなに信じようとしないんですか?!もしかしてわざと信じないようにしてるんじゃないですか?!」

半分嫌味のつもりだったが、なぜかその男は動揺していた。


「はあ?!なんでそんなことする必要があるんだよ!もういい、お前らこいつをとらえるぞ。多少強引になってもいい」

男たちが距離を詰めてくる。

ただすぐに来ないのはヒロが”恩恵人”だと思っているからだ。


この隙に、どうにか切り抜けないと。


「ガリちゃん、薬くわえて先に行ってて」

「はあ?ヒロはどうすんだよ」

「すぐに追いつく、いいから早く」

ヒロは薬の容器から手を離し、落ちる容器をガリちゃんは上手くキャッチして、そのまま坂道を上っていった。


一方で男たちは突然容器が消えて驚いた様子であった。

それもそのはず、容器は本当にこの次元から消えたのだ。


容器は神様たちの次元の”もの”になった。

この世界のものは二つの次元で共通する。

しかし、神様が触れているものは、人間は認知することはできなくなる。


ヒロがこの現象に気づいたのは、ヨウちゃんを村へ運んだ時だ。

テントに向かう途中、リカが”なんでそんなふうに腕を曲げているのですか”と尋ねてきた。

その時に、彼女はヒロの腕にある葉っぱが見えていないことに気づいた。

そして、街へ行く準備をしているときにガリちゃんに尋ねて、自身の仮説が正しいことがわかった。

ただ、ものの大きさによってその限りではないことも教えてくれた。


そんなわけで、ヒロが容器をガリちゃんに預けた一番の理由は薬を安全に守ることだ。

しかし、もう一つ理由がある。

それは、一瞬の隙をつくため。



「あ、領主様!」

「えっ?!」

屋敷を背にしている男の一人が後ろを向いた。

今だ!


「うおおおお!」

ヒロは勢いよくその男の横を通り過ぎ、全力で坂を上った。


「ヒロ、早く入れ!」

一足早くついていたガリちゃんは、門の内側に入り門の鍵を開けて待ってくれていた。


「ナイス!ガリちゃん」

門の隙間から中に入ると、急いで門の鍵をかけた。

追いつかれる間一髪だった。

男たちは鬼の形相でヒロを睨みつけていた。


「ガリちゃん、急ごう」

ヒロたちは急いで屋敷の扉の方へと向かった。

しかし鍵がかかっており開かなかった。


男たちの方を見ると門を乗り越えようとしている。


「ガリちゃん、こっち!」

二人は屋敷の裏の方へと回った。

昨日中に入った時にみた屋敷の造りを思い出しながら、エレカの部屋の場所を探す。

2階に上がって右に伸びる廊下を歩いた先だから・・・ここだ!


下から見上げると、彼女の部屋の窓は幸運なことに開いていた。

掃除をしているメイドの姿が見える。

来た道を見ると男たちがすぐそこまで迫っていた。


「ガリちゃん!あの窓まで登れる?」

その窓を見ると、ガリちゃんは察したように、ヒロの方をみて少し笑った。


「おう、もちろんだ。狼神を舐めるなよ」


突然背後から何かに抱きつかれそのまま地面に倒れた。

「はあはあ、ようやく捕まえたぞ。無事帰れるとは思うなよ」

そういうと、馬乗りになった男がヒロの頬を思い切り殴った。


「ヒロっ!」

「ガリちゃん!頼む!」

心配と憤りを押し殺してガリちゃんは壁を登っていく。

その様子を見届けながら、ヒロの意識は途絶えた。

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