第48話 帰っておいで

「ほら、食べて」

そう言ってリーシャはシチューのようなものを出してくれた。


「ありがとうございます」

いただきます。

スプーンを手に取ると、改めて腹が鳴った。

ヒロは大雑把に切られている食材を口に運ぶ。

少し味は薄いが、食べ応えのある料理に夢中になった。


「そんな急いで食べないでいいよ」

リーシャにそう言われ、自分の食べ方が汚いことに気がついた。

ただ、恥ずかしく感じながらも食べる速度はそこまで落ちなかった。


そんなヒロの様子を見ながら、リーシャも食べ始めた。

邪魔にならないように髪を耳にかける仕草に思わずドキッとした。


結局、食事中は何も話さなかった。



食後に入れてくれたハーブティを飲みながら、ヒロは自分のお腹をさすった。

温かい食べ物で、身体も心もポカポカだ。


「ヒロはさ」

向かいで同じくハーブティを飲んでいるリーシャが話しかけてきた。


「誰かこの街に知り合いいないの?それも覚えてない?」

「いや、実はいます」


グハッ

いきなりリーシャが苦しそうにむせ始めた。


「え、いるの!?なんで言わないのよ!?」

「いや、だっていきなりだったし、聞かれなかったし」

「そりゃあんなとこで寝られてたら、頼れる人がいないって思うでしょ!」

リーシャはまだ湯気の立っているハーブティをぐびっと一気に飲み干すと、こちらを少し睨んだ。


「なんでその知り合いのところには行かなかったの?」

ヒロは少し顔を下げると、自分に改めて問いかけた。

なんで会いたくなかったのだろう。

ガリアのみんなやセレシドに。


「たぶん」

ヒロは自分自身に確認するようにゆっくりと話した。


「こんな姿を見られたくなかったからだと思います」

リーシャが前のめりになっていた姿勢を戻していく。


「本当にみなさん優しくて。いろんなものを持たせてくれて。別れた時にも、いろんな言葉を送ってくれて。僕は、成長した姿を見せたかったんです、恩返しとして」

自然と声が大きくなっていく。


「だけど、今僕は自分のことがわからない。いきなり変なことに巻き込まれ、死にそうになって、いろんなものを失くして、それでよくわかんないものをもらって。こんな気持ちがぐちゃぐちゃになってる僕のことを見てほしくないんです!」

ヒロが言い終わってもリーシャはしばらく黙っていた。

しかし、ようやく彼に投げかけた言葉は意外なものだった。


「ずるいな、ヒロは」

「えっ?」

「苦しみを自分だけのものにして」

ヒロはあっけに取られ、ただリーシャの方をみた。


「その人たちは、ヒロがたくましくなった姿を見たいだけなの?私は違うと思うよ。きっとみんな頼ってほしいんだよ。最後に会った時何て言われた?」

いつでも帰ってきておいで。

ヒロの頭の中に、これまで会ってきた人たちの顔、そして声が鮮明によみがえった。


「苦しい時を一緒に乗り越えて、ヒロが成長していくのを見るのが嬉しいんじゃない?だからね、ヒロには帰る責任があると思う、それでその人たちに相談する責任があると思うよ」

微笑みながら言い終わると、リーシャはハーブティのおかわりを入れるため席をたった。

その間、ヒロは彼女がたった今言ってくれたことを静かに噛み締め続けた。


何をうぬぼれていたんだ、僕は。

恥ずかしさで身体が熱くなる。

ただ、なぜか気持ちいい。


その晩、ヒロは死んだようにぐっすり眠った。



翌朝、ヒロは部屋の中を忙しなく動くリーシャの足音で目を覚ました。

彼女は朝食のパンを食べながら、器用に髪を結っている。


「おはようございます、リーシャさん」

「んぉぅあぉう」

口いっぱいに朝食を入れているリーシャは、何かを言いながら、ヒロに手を振った。

ただ、文字になっていないことに気がついたのか、コップの水でパンを流し込んだ。


「ああ、ごめんヒロ。おはよう。よかった起きてくれて。私これから仕事だから・・」

ヒロはリーシャが言いづらそうにしていることは察しがついた。

勢いよく起き上がったことで眠気も吹き飛んだ。


「すみません!もちろん一緒に出ます」

「ごめんねヒロ、もっと寝かせてあげたかったんだけど。そしたらこれ」

そう言ってリーシャはパンを投げてきた。


ヒロはそれをかじりながら、リーシャの後を追って家から出た。


ギルドまでの道のりで、ヒロはずっと気になっていたことを聞いた。

「あの、知らない人を家に入れるの怖くないんですか?」

そう聞くと、リーシャはすぐに反応した。


「いやいや、もちろん怖いよ」

「え、じゃあなんで僕を・・」

リーシャは少し笑って答えた。


「それはやっぱり一人の少年を見て見ぬふりできなかったから、っていうのともう1つ。怒らないでね」

「はい・・」

「万が一襲われても負けないから、ヒロに」

そういうと、リーシャはポケットから何かを取り出した。

それは冒険者カードだった。

そしてそこには彼女の名前、そして冒険者ランクが刻まれていた。


「3等星?!」

なんとリーシャは3等星の冒険者だったのだ。

当人を見ると、照れくさそうに頭を掻いている。


「なんで受付なんかやってるんですか?」

「使ってた武器が壊れちゃってね。新しく買うのにもお金かかるしアカデミーにもうすぐ行くからいっかなって」

「へえアカデミー行くんですか?」

「そう。色々学んでもっと強くなりたい」

そういうと、リーシャはヒロの肩を、ぱんっと叩いた。


「だけど今でもヒロには勝てるよ」

リーシャと過ごした時間は短かったが、その時見せた笑顔が一番輝いていた。

そんな話をしていると、二人はギルドに到着した。


「じゃあヒロ、会いに行くんだね」

ヒロは、みんなに会うことをすでに決心していた。


「はい。背中押してくれてありがとうございました」

「うん。私は今日はギルドにいるから、終わったら顔出してね」

そういうと、彼女はギルドに入って行った。


リーシャと別れた後、ヒロはガリアの村へと歩き始めた。


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ヒロがギルドに背を向け歩き始めた時、ギルドから一人の冒険者が出てきた。

肩で風を切りながら歩くその熊人は、新品の武器と防具を身に纏っていた。

古代遺跡から持ってきた植物やその他色々が高値で売れ、羽振りが良いと巷で噂になるほどだ。


全て順調な生活に笑いが止まらないブルの表情は、一人の少年の後ろ姿を見て一気に崩れた。


「まさか、あいつは。。」

ブルは確認せざるを得なかった。

もし本当にあの猿人が生還していたら、自分の嘘がバレてしまう。


自分に向けられる羨望の眼差しを絶対に無くしたくない。


ブルはヒロに近づきながら、どう説得しようか考えた。

しかしそれは決して言葉によるものではなかった。

単細胞のブルは自分の腕力だけには自信があった。

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